ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

休息

辺りに漂う甘く香ばしい匂いに、シアンは肺がいっぱいになるまで深く息を吸い、口元を緩めるとため息をついた。

迎えに出たクラーナは三人がオーリス達から下りるのを待ち、『お帰りなさい』と微笑んだが、少し心配そうな顔をしている。

「大変だったでしょう? 特にカティーナさん、もう平気?」

知らせがあったのか、クラーナは北での事を詳しく知っているようで、カティーナが頷くと、カティーナとシアンを等分に見て柔らかな笑顔を見せた。

「今日帰ってくるってゆうからお菓子焼いて待っていたの。お茶の用意をするから、手を洗って来てね」

ティーナの荷物を下ろしたシャトは家の裏の井戸を教えると、一旦オーリス達を連れて二人のそばを離れる。

シアンはそのタイミングで思い出したように、

「あ、明日、シャトと一緒に出かけることにしたよ」

とカティーナを見上げた。

「どちらへ?」

「近くの村で祭があるんだって、付いていって構わないってゆうから、そうゆうことにした」

ティーナは草のケープを外すと、髪を編みあげながら『この世界のお祭りは初めてですね』と呟いた。

 

家の中にシャトの姿はまだ見えなかったが、クラーナは四人分のお茶を淹れ終え、テーブルへと運んでいる。

「二人ともどうぞ座って。シャトもすぐ来るだろうから先に召し上がれ」

「すみません、ありがとうございます」

「ごめんなさいね、大変なことに巻き込んでしまって」

シャトやレイナンと同じように"巻き込んだ"と言い、二人に申し訳なさそうな顔を向けたクラーナに二人はそろって首を横に振る。

「私達が勝手にしたことです」

「ふふっ、じゃあ、あの子に付き合ってくれてありがとう、かしらね」

甘い蜜のかかった菓子を取り分けたクラーナは『ささやかだけれどこれはお礼とお詫びね』とそこに指の先ほどの大きさの、澄んだ琥珀色の結晶を乗せ、二人の前に供すると自分はカップを手に取った。

「いただきます」

何かを考えているらしいシアンの隣でカティーナがその琥珀色の結晶を崩すと、そこからふわりと光が浮かび、まるで木漏れ日の中の花畑が辺りに広がったかのように見える。

「っ…精霊の蜜玉…!?」

シアンはその琥珀色の結晶の正体を思いだそうとしていたらしく、辺りに広がった風景に顔を引き攣らせている。

「綺麗ですね」

ティーナは不思議そうにそれを眺めて微笑み、菓子を食べはじめたが、シアンは自分の前の琥珀色の結晶を見つめて微動だにしない。

その二人の様子の違いが面白かったのか、クラーナはくすくすと笑ってから『ごめんなさい』と謝った。

「カティーナさんは見たこと無いかと思って」

「魔力の塊のようですが、どういったものなのですか?」

「精霊の想いの結晶みたいなものね。精霊が残したい風景や記憶を結晶にするの。蜜玉って呼ばれるけど、それ自体が甘かったりはしないわ。食べれば精霊の力を譲り受けたのと同じようなものだから、魔力や身体の回復が早まるの。傷が治ったとは言え、今のカティーナさんにはいいんじゃないかしら」

「不思議なものがあるのですね」

「これ、貴重なんだよ?」

ゆったりとその風景を楽しみながら菓子を食べつづけているカティーナにシアンが言い、クラーナに視線向けたところでシャトが部屋に入ってきた。

「…また貰ったの?」

「ええ、沢山」

シャトの問いにそう答えたクラーナはシアンに向かっていたずらっぽい笑みを浮かべ、戸棚から三つの小さな瓶を取り出すと、シアンとカティーナに一本ずつ差し出した。

中にはそれぞれいっぱいに精霊の蜜玉が入れられている。

「ここの森には私達が話すことの出来る精霊もいるの。その中の一人がこれを作るのが好きらしくてね、何かってゆうと私達にくれるのよ。でもそれが広まれば余計な者を呼び込むことになりかねないし、仲間内で使うだけだから、よければ持っていって。はい、シャトも持ってないんでしょ?」

シアンは薬草の知識の豊富さもさることながら、竜の涙や精霊の蜜玉など普通とは言い難い使い方をするシャトやクラーナに改めて驚き、獣遣いとゆうのは皆こうなのだろうか、と一人首をひねっていた。