魔神の棲む山 17
シアンとカティーナはその姿に息を呑んだ。
薄青く光る豊かな長い髪、肌は青白く滑らかで、胸元には輝く金の鎖が揺れているがそれ以外には何も身に着けていない。
細く長い首筋、豊かな胸、無駄のない引き締まった身体、骨格に人との大きな違いはないだろう。
"魔神"は駆け寄ったシャトを遥か上から見下ろし、切れ長の目を愛おしそうに細めている。
シャトもその顔を見上げているが、正面にある身体は人のそれではなく、艷やかな鱗に覆われた巨大な蛇のように見える。
半人半蛇、その上半身だけで人の身の丈に近く、腰から下にはさらにその四倍ほどの蛇の身体。
多種の特徴を有する者は、亜人や獣人をはじめとしてこの世界では珍しくもないが、目の前の"魔神"は圧倒的な存在感を放っていた。
「キリオから薬草のこと聞きました。あと、今日は以前お世話になった方と一緒なんです」
シャトはシアン達を示すが、"魔神"は一瞥しただけで何も言うことはなかった。
「こちらはナガコさん、あちらはシアンさんとカティーナさんです」
「はじめまして」
シアンが意を決してそう口にしたが、ナガコは興味も無いといった風だ。
「シャト、オーリスと一緒に薬草を見ておいで。良さそうならいくらか採っていくといい」
「え、でも…」
「構わないだろう、私に会いに来たのなら、私が居さえすればいい」
誰も言わない内にナガコはシャトが二人を案内してきた理由を言い当て、『さぁ』と促す。
「えっと…構いませんか?」
シアンとカティーナはシャトの問いかけに小さく頷いた。
シャトと離れるのには不安があるが、ナガコの視線はそれを受け入れる以外の選択肢を与えていない。
「できるだけ早く戻ります。ナガコさん、よろしくお願いします」
「あぁ、シャトの連れてきた客だ。分かっている」
シャトとオーリスが奥へと姿を消すと、ナガコは大きな岩にもたれかかり肘をつく。
その視線はゆっくりとシアンとカティーナを舐めたが、その内に何もない方へと移動する。
瞳孔は縦に切れ、左右の瞳の色が違っている。
どことなく妖しい光を宿しているように見えた。
シアンもカティーナもナガコの様子を窺っているが、特別なことは何もない。
しばらくそのまま時間だけが流れる。
「面白くもない…」
ナガコはそう言うと、尾を一振りした。
途端に空間の圧が変わる。
シアンとカティーナは頭上から全身を覆うようにかかる魔力から逃れようとするが、すでに動けない。
ナガコは徐々に魔力を強めていく。
「私に会おうとゆう者は最近では殆ど現れないが、こうして現れても何を言う訳でも、何をする訳でもないとはな。まだ闘おうとする者の方が気概がある分ましとゆうものだ」
シアンもカティーナも口を開く余裕はない。
押し潰されないように耐える事に集中し、全身に魔力を巡らせている。
ナガコは表情一つ変えずに二人を眺め、魔力を強める事をやめる様子はない。
「戯れにもならんな」
シアンが膝から崩れそうになった所でナガコは辺りの魔力を消し飛ばした。
圧から解放された二人、シアンはへたり込み上体を起こすことも出来ず顔を伏せ、カティーナは片膝をつき手で体を支えている。
そこに足音とともにシャトが息を切らせて戻ってきた。
「ナガコさんまたいじめて!」
「大したことはしていない。…あの娘達やキリオの方がまだ頑張った」
「キリオにもやったんですか? もう…」
完全に潰れているシアンに駆け寄り、シャトは心配そうに覗き込む。
「大丈夫ですか?」
シアンは敵意のある行動ではなかったらしい事に安心し、片方の掌をひらひらと振り応える。
「カティーナさんは?」
「大丈夫です。あの、今のは…?」
カティーナはシャトに尋ねるが、答えたのはナガコだった。
「挨拶がわりだ」
「ナガコさん!」
たしなめるようなシャトの声にナガコは微かに口角をあげ、そばに寄ってきたオーリスを撫でながら、三人の様子を眺めていた。