魔神の棲む山 19
「シャトねーさん?」
いつの間にかキリオが洞窟に入ってきていた。
立派な雄山羊を連れている。
「ナガコさんは?」
「奥に行ってる。そろそろ戻ってくると思うよ?」
シャトの言葉を聞きながら、キリオは座ったままのシアンとカティーナを見て、大体のことは察したらしかった。
シャトの手を引き二人から距離を取ると、ちらちらとそちらを見ながら小さな声で何かを話している。
「ジーのこと連れて行っていいよ」
話の最後にそう言い残し、キリオは足早に奥へと向かっていく。
僅かながら自身の魔力で辺りを照らしているらしかった。
シアンは後ろ姿を眺めながら頬杖をつくと口を開く。
「あれも"頑張り"の一部かねぇ…。てか、雰囲気違うな、家で会った時と」
雄山羊のジーを連れてそばに戻ったシャトが答える。
「人見知りで、本当はいつもあんな感じなんです。この子に乗っていってくださいって言ってました」
「よれよれなのばれてるのな。あの子いくつ?」
「えっと…十一くらい、です」
『へぇー』と言うとシアンは立ち上がり、大きく伸びをする。
ズボンを叩きごみを落とすと、大きく息を吐き、気合いを入れるように勢いよく腕を回し始めた。
「ずいぶん元気なようだな」
皮肉にも聞こえるナガコの声にシアンはびくっとし、恐る恐る振り返る。
オーリスもそうだが、ナガコも近くまで寄らなければ気が付かないほどに気配なく動く。
ナガコはシアンをそれ以上気にすることもなく、細い蔦で元を束ねた薬草をシャトに渡し、目を細めている。
「キリオの方へ行く。またおいで…」
「はい、ナガコさん。また」
シャトの目にかかる髪をすっと払い、オーリスを撫でると、ナガコはシアンとカティーナを始めと同じように一瞥した。
そのまま奥へと向かいかけたが、シャト呼び寄せると身体を伏せるようにして耳元で何かを囁く。
シャトは眉を寄せ困った顔でナガコを見るが、その顔に満足したようにナガコは微笑み、首元に垂れた長い髪を勢いよく払い、『気をつけてお帰り』とシャトに言うと、洞窟の奥に姿を消した。
「魔神怖っ」
そう言いながらもシアンはどこか楽しげだ。
いろいろな意味で衝撃的ではあったが、悪い印象はないらしかった。
「シアンさん、ナガコさんが、その、助言、とゆうか…」
シアンが"まだ伸びるか"と言っていなければ、シャトはそれを伝えようとは思わなかっただろうが、それも巡り合わせとゆうことだろう。
「お、何、なんか言ってたの?」
「えっと…もう少し、使う魔力の量の調節をしたほうがいいと…」
ナガコの話を削り、必要そうな所だけを口にするが、明らかに言葉を選んだシャトに、シアンは納得しない。
「どうせなら、全部聞かせてよ。あのヒトにとってごみでもなんでも、何もないよりいいよ、気にしなくていいから」
「そうですか…? えっと、じゃあ…。…何をしている奴だかは知らんが、あれでは使い物にならんだろう。調節も出来ずに余計な魔力を垂れ流すのは…」
始めから言い淀んではいたが、最後の最後で言葉が続かなくなったシャトにシアンは"さぁ言うんだ"とばかりに近付いていく。
「あの…ただの馬鹿だ…と」
観念したようにシャトは小さく呟いた。
シアンは、にいっ、と口角をあげたかと思うと声を上げて笑いだす。
「シャトの困った顔見て笑ってたけど、そのために私を使った訳だ…きっつい姉さんだねえ…! まぁ、助言としてはシャトの言い方が適切だわ」
その様子にシャトはまた困り、カティーナはつられたように笑顔を見せた。
オーリスはジーと一緒になって、三人をよそに泉の水を飲んでいる。
ひとしきり笑い、シアンはもう一度伸びをした。
「さて、魔神にも会ったし、そろそろ行くか!」
「帰りはのんびり別の道を行きましょうか? まだ案内とゆう案内していませんし」
シアンの明るい顔につられたのか、シャトもそう言いながら微笑む。
「この子も一緒に行っていいのですか?」
カティーナは、水を飲むだけ飲んでそばに来ていたジーを見つめて聞く。
「大丈夫です。必要なら遠慮なく乗ってください、ね、ジー」
ジーがシャトにすり寄ると、オーリスがヤキモチを焼いたのかこれみよがしにカティーナに甘えてみせる。
「私だけひとりぼっちかよ」
シアンは呆れたように笑い、歩き出す。
一行はのんびりとあちこちを見て回りながら、シャトの家へと向かっていく。