ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

魔術師達の家へ 5

「こちら側からでは見ることは出来ないが、あの崖の上に魔術師達の家がある。崖は森の奥まで続いていて罠があるのはそちらの方だ、崖を囲むように巡らせてあるらしい。海からならば浜に舟をつければ家とそこへ続く道が見えるはず、不用意に奥へは行かぬように…」

「住んでいる魔術師の人数は分かって居るのでしょうか?」

「住んでいるのは三人、夫婦者らしい一組の他に女が一人。どれも力が強いらしいが、それ以上のことは…」

マルートは一度目を閉じ、ゆっくりと開く。

「魔術師達の力で我等はこれまでずいぶん傷を負ってきた。本来ならば留めるべきなのだろうが、言葉に甘え送り出すこと、許してくれ」

そう言って頭を下げたマルートにイマクーティ達全員が倣い、カティーナは戸惑ったようにシアンを見るが、シアンは自分でどうにかしろと顎でカティーナを促した。

「あの、頭をあげて下さい。私はそれ程危険はないと考えているのです」

自分よりずっと身体の大きなマルートの肩に触れ、カティーナは頭が上がるのを待って続ける。

「罠に関しては気になりますが、あの場に魔術師が居るとは思えません。あの臭いと嵐、わざわざ長居をしたい状況ではないでしょう。それに、私の身体は人よりは多少丈夫ですので」

マルートは何かを言おうとするが、言葉にならないのかそのまま口をつぐみ、カティーナの手を取ると涙をこぼした。

ティーナは驚いていたが、空を見上げたシアンはそれには気付かず戻ってきたシャトとオーリスに手を振っている。

「シャトが来たぞ」

その声にマルートは手を離し、カティーナに海を見るよう促した。

凪いだ海を一艘の舟がこちらに向かって来るが、そこに漕ぎ手の姿はなく、舟に張られた帆が山からの風を無視して膨らんでいる。

どうやらオーリスがその辺りの風を操っているらしかった。

「懐かしいな…」

ガーダは呟くと、浜に乗り上げた舟へと歩み寄る。

そして波にさらわれない様にしっかりと浜に曳き上げ、オーリスとともに下りてきたシャトを眺めていた。

「子供のころああして遊んでいたんです。合図さえもらえれば自由に動かせます」

シャトはカティーナに向かって言い、持っていた赤い布の旗を差し出す。

「曲がりたい時はそちら側に向かって、止まりたい時は上で大きく振ってください。戻りたい時には円を書くようにぐるぐると…。出来るだけゆっくり動かしますが、急には止まれないので止まる時は早めに知らせてください。帰りは乗ったのが分かればすぐに戻します」

ティーナは頷き旗を受けとると、シアンに向かって尋ねる。

「何か気をつけることはありますか?」

「あ? 何かって…あ、魔術式とかの話? あー、えっと、魔術式とか魔石があっても触らない、何か変な物、気になる物があってもそれも触らない。あとは、役に立つかはわかんないけど、気になった物は絵でも文字でも書きとめてくるとか?」

「分かりました」

ティーナは紙やペンだけを取り出すと荷物を預け、布で鼻と口を覆って舟に乗り込む。

手を貸したガーダはカティーナだけに聞こえるように、

「長老の息子は魔術師の罠で足の自由を失った。同じ事になるのではないかと、送り出すことに誰よりも不安を持っているはずだ。長老の為にもシャトの為にも無事に戻れ」

と言ったが、カティーナが返事をする間もなく舟を力一杯海へと押しだし、オーリスの名を呼んだ。

「カティーナさんお気をつけて」

「無理するなよ」

シャトとシアンの声に続き、オーリスは鼻を鳴らし、カティーナが腰を下ろした事を確認すると辺りの風を帆に集め、舟を動かしはじめる。

ティーナは見送る一行に軽く頭を下げることで応え、胸元から一本の紐を取り出した。

そしてその先についていた飾りを噛むと、深い呼吸を意識し自分の魔力をその飾りへと集中させていく。

目で見ることは出来ないが、カティーナの魔力はその身体と飾りの付いた紐とを巡ることで徐々に揺らぎがなくなり、薄い幕のようにカティーナを包んでいるらしい。

舟は嵐の中へと入っていくが、カティーナが影響を受けることはなく、海の中や周囲に気になるものはないかと目を配っている。

その様子は魔力の嵐を知っている者からするとある種異様にも見え、しばらくは誰も口を開かず、ただ遠ざかって行く舟とカティーナを見つめていた。