獣人の街 14
「ウラル、ちょっといい?」
ウラルを呼び止めたシアンは近付きながら持ってきた荷物をがさがさとあさり、片手で取り出すには少し大きい包みを引っ張り出した。
「これ、料理に使ってくれる? 火は入ってるからそのままでも食べられるんだけど、どうだろう」
包みの中には香辛料と塩で味付けをした干し肉がごっそりと入っていて、ウラルは目を丸くしている。
「え、だってこれ、お肉…」
「魚しか食べなかったりする?」
「そうじゃなくて…」
ウラルはそこでシアンの顔を見て、表情にこそ出さなかったが何かに気付いたらしかった。
それは浜で魚の話をした時のヒニャやタドリと同じく、シアンが肉を持っていること、それを普段食べて居るらしいことに対する反応だったが、シアンがその事を意識していないとわかるとそのまま話を別のものへとすり替える。
「…気持ちは嬉しいんだけど、香りの強い物は苦手なの、鼻が利かなくなるから…」
と鼻先をむずむずさせるウラルに、慌ててシアンは包みを閉じ、『ごめん』とすぐに引っ込める。
ウラルはそんなシアンを見て、嘘ではないが誤魔化しだ、と自身に対して顔をしかめた。
しかしそれは微かなもので、シアンは気付かない。
「じゃあ炎系の魔石があったら貸して? 魔力入れるからさ」
「あとで持っていくわ。ありがとう」
ウラルは何かを考えながらも、シアンの心遣いに笑顔で応え、家の奥へと向かっていく。
奥からは賑やかな子供の声が聞こえてきていた。
ウラルが部屋まで運んでくれた夕食をとり、シアンやカティーナを珍しがって部屋を覗きに来た子供達の相手をし、ガーダの群れの皆とも挨拶をした。
シアンが魔石に力を入れる手元を群れの大人達も興味深げに覗き込み、指先に燈した火を蝋燭へと移せば歓声があがる。
カティーナは子供の相手は得意ではないようだったが、請われるままに剣を通して周囲に冷気を発し、そばに寄ってくる子供の鼻の頭に指先で触れてはその冷たさで驚かせていた。
一番小さな子供を膝に乗せたシャトも、そんな周りの様子に笑顔を見せる。
異変やいさかいを忘れたわけではなく表情には硬さが残っているが、それでも、その場の雰囲気は好ましいと感じているらしかった。
闇が深くなり、森からは梟の鳴き声が聞こえている。
話し合いはまだ終わらないのか、とウラルが外の様子を見に行こうとした時、長老の一人がガーダと数人のイマクーティを共なって訪ねてきた。
迎えに出たシャトの後ろにシアンとカティーナの姿を見た長老は、深く頭を下げ、口を開く。
「きちんとした挨拶もせぬまま、長々と待たせて申し訳なかった。私はマルート。お二人のことはガーダから聞いた。慌ただしい時で何も出来ないが、客人として迎えさせていただこう。街の者達にも伝えてある、ゆっくりしていっておくれ」
「ありがとうございます」
二人の声に目を細めたマルートだったが、すぐに表情を引き締め、本題へと移る。
「明日の朝、スティオンの家を訪ねる。話が出来るかは分からないが、どちらにしてもその足で北の魔術師達の家まで行き、様子を見てくるつもりだ。シャト、我等が戻り次第今一度話をさせてはもらえないだろうか」
シャトはガーダを見て少し躊躇ったが、
「北の方々との事お聞きしました。お役に立つかは分かりませんが、北へは私も同行させていただきます」
と言って恭しく頭を下げた。
長老は気遣わしげな瞳でシャトを見つめ、その頬にそっと触れる。
「無理をすることはない。シャトは我等の帰りを街で待っていておくれ」
「…自分の目で確かめたいのです。私に出来る事を、私の意思でするためにも」
マルートは眉間にしわを寄せ、シャトの頬から手を離すと、目を閉じた。
シャトの気持ちは分かっているし嬉しくもあるが、その一方で危険な目に遭わせる事は避けたいとゆう思いが強いらしく、マルートは返事をする事が出来ずにいる。
「長老、この話、預けていただきます」
ガーダの言葉にマルートは目を開け、微かに頷いた。
マルートはそのまま暇を告げ、他のイマクーティ達と共にガーダの家を後にする。
その後ろ姿を見送り、家の扉を閉めながらガーダは振り向く。
次の瞬間、怒声が家中に響き渡った。