ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

獣人の街 7

その頃、カティーナはシャトと共に長老達の前へと通され、薄暗い部屋を前に、緊張した面持ちでいた。

広い板張りの床に敷物は無く、二人分の椅子が置かれてはいるが、すでに集まっていたイマクーティ達は床に直接膝をつくようにして座っている。

「参りました」

シャトはそう言って一礼し、カティーナを促して部屋へと入っていく。

オーリスもその後に続き、シャトの隣に並ぶと静かに身体を伏せる。

正面には五人の長老、そこからコの字を書くように左右に数人ずつ、若くはないだろうイマクーティ達が並んでいる。

拳を床につくような格好で頭を下げてシャト達を迎えた一同に、ガーダが加わると、長老の一人がシャト達に椅子に座るように仕草で促す。

床はきれいに掃き清められているが、靴を履かないイマクーティ達の心遣いらしかった。

「突然の呼びだしにもかかわらず訪ねてくれた事、まずお礼を言わせてもらおう」

そう言った長老に続いて一同が再び頭を下げる。

「ガーダから話は聞いたかな?」

「北の、魔術師方の住まわれている辺りで何かがあったらしいとゆう事だけはお聞きしました」

「そうか。何が起こっているのかはまだ確かめてはいないのだが、ここしばらく北の魔術師達を見かけない。辺りの精霊の多くが消え、残った者も狂気に蝕まれているらしい。海の様子も芳しくはないし、怒りを隠さぬ精霊も多い、このままではいずれこの土地に暮らせなくなるだろう…この街を守るため、力を貸してはもらえないだろうか?」

シャトは静かに話を聞いていたが、長老の問い掛けに答える訳ではなく、口を開いた。

「スティオンさんは何とおっしゃったのでしょうか?」

スティオンとゆうのはこの街に住む魔術師の名で、本当ならば真っ先に頼るべき相手のはずだが、この場にその姿はない。

シャトは長老達が魔術師に話をしていないことはガーダから聞いているし、イマクーティ達が魔術師とあまりよい関係を築いていない事も解っているが、その上であえて、魔術師に話を聞きそれから獣遣いを呼び出した、と信じているかのような質問を返した。

押し黙る一同の中でガーダだけはシャトに"よくやった"と視線を送り小さく頷いてみせる。

長老達はお互いに顔を見合っていたが、その中の一人が咳ばらいに続いて話し出した。

「あれとはまだ話をしていないのだ。異変には気付いているだろうが、あれからは何も言っては来ないし、こちらから行っても話を聞こうとはしないだろう…」

「私達は魔術の知識を持っていませんし、実体を持たない精霊の声も聞こえません。出来ることがあるのなら精一杯努めさせていただきますが、それにはこの辺りのことを十分に知っていて、そのうえで魔術を専門に扱う方の協力が必要です。何が起きているのか、どうすればいいのか、何もわからないままではお力にはなれないでしょう」

背筋を伸ばし、しっかりと前を向いてシャトはそう言った。

シャトの父親、レイナンならばもっと直接的な言い方を、とガーダは思ったが、シャトの言葉でも言いたい事は十分に伝わるだろう。

もちろんこの土地を守る為に考えられる手段はすべて取るべきだとは思うが、自分達で何もしないまま他に頼るのは間違っている、そう考えるガーダは、自分に出来る事を考え最大限頑張ったのだろうシャトを、後で褒めてやらねば、と一瞬だけ口の端を持ち上げた。

シャトの言葉を受け、長老達は小さな声で何かを話し合っているが、シャト達には聞こえない。

ずいぶんと時間をかけた話し合いの末、長老達は魔術師スティオンをこの場に呼ぶことに決め、遣いを走らせた。

 

「カティーナさん、カティーナさんはこの世界の魔術の事、解りますか?」

シャトに尋ねられ、カティーナは首を横に振る。

「私の使う力はまた違う形のものです」

「そうですか…」

シャトは少し迷っていたようだが、ガーダのそばへ行き、

「私達だけでは魔術の事は判りません。どなたかにシアンさんを呼んできていただくことはできますか?」

と尋ねた。

シアンと会ったイマクーティはこの中ではガーダだけだったこともあり、他の者に任せるよりいいだろう、と、ガーダ本人がシアンを迎えに行くことにして立ち上がる。

そしてシャトの頭をその大きな手でぽんぽんと軽く二度叩き微かに笑うが、すぐに表情を引き締め、長老達に事情を説明し颯爽と部屋を出て行った。

 

薄暗い部屋の中、その場に残ったイマクーティ達が何かを話している。

ティーナはその視線が自分に向いていることに気付き、何を話しているのかと耳を傾けたが、聞こえて来るのは聞いたことの無い言葉と獣の鳴き声ばかりで内容はさっぱり分からない。

そんな中で、以前『獣遣いは何とでも話せる』と聞いたことを思い出し、この会話もシャトならば意味のある言葉として聞こえているのだろうか、と隣に並んだシャトの横顔とイマクーティ達をぼんやりと眺めていた。