ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 22

「皆さんすごいですね…丸一日もなかったのにあれだけのことをきちんと見世物としてやってしまうなんて…」

観客の中を回り、沢山の硬貨が投げ入れられた籠を提げて舞台の裏手へとやってきたのは水鏡で出会った少年で、空から同じように籠を提げた鳥達が下りて来たのを迎えながら、シャトは少年に向かって『お疲れ様でした』と声をかける。

 

シアンの的当ては的が順に小さくなる中で人の眼球程の氷を砕き、更に観客を巻き込んで高く放り投げられた氷を、そして最後には目隠しをして、マチルダが高く高く投げあげた氷を射抜いてきらきらと輝く破片を舞い散らせた。

それに続いたマチルダは氷と水を操り、新体操とジャグリングを混ぜたような動きで舞台の上をあちらへ、そして中央へ戻って今度はそちらへ、と各所でそれぞれ大技と呼んでいいだろう離れ技を見せながら動き回っていたが、舞台の袖から大きな氷の球が転がされるとその球に飛び乗り、本職さながら、その上でバランスをとりつついくつもの氷の球を器用に操ったかと思うと、最終的に投げあげた氷の球が落ちる前にレイピアで一つ残らず叩き砕いてみせた。

 

シャトはといえば、沢山の鳥とともに風にのって宙を駆けたかと思うと、舞台に降りた途端跳ぶように踊り始めた。

鳥達もシャトの手足の動きに合わせた一糸乱れぬ動きを見せ、次々に空中に図形を描いていたが、シャトが動きを止めると同時に舞台の上に規則正しく並んで下りる。

すると今度は、いつの間にかシャトの腕に絡み付いていた蛇と一緒になって羽や尾を使って大きな板にエマナクの町並みを描き、色とりどりに染まった身体で空に舞い上がったかと思うと突然屋根から下ろされた網に並んで止まり、それぞれの身体の色を巧に使って夕空を背景にした枯木を描き出す。

その網の空いたますにシャトの腕から蛇が這い登ると、空の一部になっていた一羽が大きく羽を広げ、枯木に巻き付いた蛇が飛び立つ鳥を狙っている一枚の絵になる。

鳴り響いた鐘の音に鳥達が飛び去り、蛇がシャトの腕に戻るとその網は舞台の上に落とされ、シャトはその後ろにいつの間にか用意されていたテーブルと箱の横に立ち、手に取った箱の中に何も入っていないことを示したかと思うとその中から次々に色とりどりの花を、木の実を…と取り出しては鳥達に託して女性や子供の元へと届けていく。

そして最後には大きな花束を取り出して、再び箱の中には何もないことを示すと花束を頭上高くに投げ上げる。

それに合わせたように舞台上には強い風が吹き、風でばらされた花びらの一枚一枚が花吹雪になって観客の周囲に舞い落ちると同時に心地好い歌声が響き渡たった。

花吹雪を前に舞台に姿を見せたアーキヴァンは、歌声を追いかけるように鳴らされたシャトの笛の音とともに、伸びやかな声を風に預けていた。

 

「自分で言っといてなんだけど、これ、何回もやるのか!?」

どうにも納得していない様子のシアンに、座り込んで抱えた膝に顔を埋めるアーキヴァン、隣に立つマチルダはレイピアの手入れをしながらシアンに振り向いた。

「とりあえず形にはなっていますし、手頃な仕事が見つかるまではこれでもいいと思いますが、そんなに嫌ですか?」

「嫌ってゆうか、嫌ってゆうか…! なんか落ち着かない! アーキヴァンはなんか顔青いし…」

「…私は…平気です。…少し休めば…」

「お二人とも素敵でしたよ、かっこよかったです!」

シャトと二人で硬貨を袋にまとめていた少年はにこにこと笑い、その手元を覗き込んだオーリスの上にはキーナも乗っている。

「少なくとも後一回、今日の夜の分まではやらないと舞台を借りられるように話を通してくださったお二人に申し訳ないですし」

チルダはそう言ってレイピアをしまうと、少年とシャトを手伝いはじめ、シアンは『そーだけどさぁ…』といったのに続きひとりでぶつぶつと何か言いながらオーリスが集めた花びらを片付けていく。

それぞれがそれぞれに動いているなかで、何故かカティーナの姿だけは舞台の周囲では見かけず、いつもとすこしだけ格好の違うシャト達は夜の分の演目についてあれこれと話しているようだった。