騎士
朝食の片付けが終わり、それぞれが幕を外し始めたところでシャトが戻ってきた。
シアンはシャトの周辺を窺ったがオーリスの姿はなく、カティーナに視線を向ける。
「お帰りなさい」
カティーナは特に何を気にする様子もなくシャトと挨拶を交わし、幕をくるくると巻いている。
シアンとマチルダ達にも『勝手に出てすみません』と頭を下げるシャト、昨日の朝とは違い寝不足とゆう感じもなくいつも通りに見えるが、腕に何かに引っ掛けた様なまだ新しい傷が見える。
「腕、どうしたんですか?」
シアンが口を開く前にマチルダはすっと立ち上がり、シャトが答える間もなく優しくその腕を取った。
包帯や何かはつけていないが、よく見ると割と傷が深いのがわかる。
「少し引っ掛けてしまって…。手当ては済んでるので大丈夫です」
「…治すのは迷惑ですか?」
マチルダは優しい顔で瞳を覗き込み、明らかに困った様子のシャトは何かを言いかけたが口をつぐむと小さく首を横に振る。
「目立たなくなるといいのですが…」
マチルダは傷には触れず、その上をなぞるように手をかざす。
まだ赤く血の色が残っていた傷だったが、奥から徐々に傷がふさがり始め、ものの数秒で皮膚までがほぼ完全に再生される。
「少し赤みが残っていますが、二、三日すれば落ち着くはずです。今日のうちくらいはあまり強く触れないようにしたほうがいいと思いますが…」
シャトがお礼を言うと、横からじっと二人の事を見ていたシアンはシャトの方に声をかけるかと思いきや『はやいな』とマチルダの手際のよさに感心している。
「元々はあまり得意では無かったのですが、やっているうちに慣れました。仕事柄日常茶飯事とまでは言わずとも、割と怪我人を診ることが多いので」
「普段何してるの?」
「騎士団に属しています」
シャトはマチルダの振るまいと携えたレイピアからそれを察していたらしく驚いた様子は見せなかったが、何故か少し俯く様にしてその場から離れていく。
表向きは幕を外しに行っただけのように見えたが、どうやらマチルダとの会話を避けるためらしかった。
「へぇ。女も珍しくないのか?」
シアンの視線がアーキヴァンに動くと、マチルダは『彼女は別です』とまだ片付けられていなかったシアンのナイフを手にとって差し出す。
「圧倒的に男性の数が多いですが、非力であろうと役割はあります」
そう言ったマチルダはふっと口角を上げたが、それまで少し離れた場所で黙っていたアーキヴァンがそれを否定する。
「マチルダ様はもちろん、騎士団に所属されている女性の方々を非力などと言う者はおりません。皆様がどれだけ鍛練を積まれているか、皆が知っております」
少し頬を染めるようにしてはっきりと口にしたアーキヴァンを窘めるようにマチルダは愛称なのか『アーク』と呼んで強い視線を向けるが、そこに親しみがこもっていることは傍目にもよくわかる。
「申し訳ありません」
「人前とは言え、今は国から出ているんだ、その話し方はやめてくれ」
「ごめんなさい」
それまでの様子からは"様"付けで呼んだり呼ばれたりとゆう印象ではなかった二人に、シアンは片付けの手を止めた。
「え、何、マチルダ偉い人?」
その尋ね方がツボだったのか、マチルダはぷっと吹き出した後で口元を締めその上を拳で覆う。
「いや、ただの一般人ですよ。アーキヴァンが騎士団員のすべてを"様"付けで呼んでいるだけです。むしろアーキヴァンの方が立場は上なのですが…」
ルスタ・オリウムについてほとんど知らなかったらしいシアンは、片付けが終わって歩き出すとマチルダとアーキヴァンを並べていろいろと尋ねはじめた。