ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 2

街へと入ったシアンは迷いなく歩みを進め、大通りから大きくそれた路地の中ほど、大きな扉と沢山の"はぎれ"のような物に覆われた壁が目立つ一軒の家の前で立ち止まる。

周囲は民家なのか、窓を閉ざす木の戸から所々明かりが漏れている以外は静かで、既にほとんどの家が戸締まりを済ませているらしく人通りもない。

時々、商店が軒を連ねる大通りの賑わいが伝わってはくるが、この一角はそうゆうものとは無縁のようだった。

 

宙に浮かせた火球の光を頼りに壁一面に金属製のピンで留められた大小様々なはぎれ、その中でも表に出ている物、あとから貼られたのだろうそれらを端から順に追うシアンは『ちゃっちゃと終わりそうなもんがないな』と手近かなはぎれをめくっている。

 

近付いて見るとはぎれの一枚一枚にはそれぞれずらっと文字が並んでいて、尋ね人、魔獣の討伐をはじめ護衛や荷運び等の各種依頼、野盗の情報や注意喚起、商店や催し物の宣伝、果ては伴侶の募集まで、布の色も文字の大きさも内容もばらばらで統一感などとゆう物はないが、その壁が掲示板として使われている事がわかる。

閉ざされた大きな扉の上には、元々何か文字のような物が書いてあったのだろうが雨風に晒されその大部分が何が書いてあったのかも判らないようになった板が掛けられていて、その板の代わり、とゆうことなのか、扉の上部に貼られたいかにも間に合わせといった雰囲気の織りの粗い布には、大きな円に囲まれた水の力を表す印がかすれた筆遣いで記されていた。

それは水鏡、魔力を介した遠方との通信を生業としている魔術師を示す印だったが、間に合わせのその看板とあわせて外から来た者の目の届かない路地に居を構えている事を考えると、掲示の多さにはそぐわない気もするが、やる気といったものの感じられない店だった。

 

「しゃあない、他も回るか」

シアンがその場を離れようとした時、軋んだ音を立てて扉が開き、疎らに髭の生えた顔に肩までの油っぽい髪をばさっと垂らした長身の男が一枚のはぎれを手に姿を見せた。

男はシアンを一瞥すると一番近いピンを抜き、持っていたはぎれを自分の胸の高さに留める。

その布を離れた場所から覗き込んだシアンに男は、とりあえず尋ねただけ、とゆうことがありありと滲んではいたが『何かお探しですか?』と思いのほか柔らかい低い声で尋ねた。

「あー、街の中か、そうじゃなくてもこの辺、あとは街道沿いを東…とかで簡単に済む仕事はないかと…」

「…街の中…東」

男は壁沿いに歩いて次々に、埋もれていたはぎれを軽い手つきで計四枚破り取ると、それをまとめてシアンに差し出す。

「比較的新しい依頼の中で私が知る限り請け手が現れていないものです。すべて直接依頼主のところへ行ってもらって大丈夫ですから、やる気があるならこれをそのまま持って行ってください。内容を見て違うと思えば壁の端にでも」

「あ、どうも」

シアンがはぎれを受けとると男は壁に目をやり、『また増えましたね』と呟いたが、そのあとは挨拶をするでもなくすーっと開きっぱなしになっていた扉の中に戻っていく。

再び軋んだ音を立てた扉が閉まると、シアンは手の中のはぎれの文字を追ったがその中にもこれといったものがなかったらしく、言われた通りに端の方のピンを抜いて四枚のはぎれを留める。

「にしてもすげぇな、全部覚えてんのか…」

シアンは感心したように壁を眺めると、賑わいの続く大通りへ向かって行った。