ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 26

自分以外に誰もいない部屋。 目の前には空っぽの人形。 ほったらかしのかまどの中では最後のおきが崩れ、白く靄のかかった硝子の筒を被せられた蝋燭はゆっくりと燃えつづけている。 実際に使ったことも無ければ、使うところを見たこともないけれど、物だけは…

ある魔術師の記憶 25

人形から抜け出た精霊は何もいわずに外へと向かい、机を挟んだ反対側には、薄く開かれたまぶたから空っぽの硝子玉のようなものを覗かせたままの人形だけが残された。 「何だったんだろう…」 首を傾げ、一人で食事を続けながら、片手は傍らに置かれた紙の束を…

ある魔術師の記憶 24

魔術師が工房に篭るようになってから、来客の対応は殆ど僕の仕事のようになっていたけれど、その多くは魔術師本人が居ないとどうにもならない事のようで『本人は今対応できない』と告げるとほぼ全員がそのまま店を後にする。 魔術師が姿を見せないことを承知…

ある魔術師の記憶 23

「初めて口をきいたのはあの人が爺様に連れられて来るようになって五、六年してからです。人づてに聞いた外の世界に惹かれて、自分達のありように疑問を持って…わざわざ波風を立てる気も、誰かに迷惑をかけるつもりもなかったのですが、同じ立場の仲間達から…

ある魔術師の記憶 22

そのころには始めのうちは僕を避けていたらしかったもう一人の先住者、魔術師と一緒に仕事をしている細工師とも会話を交わすくらいにはなっていたけれど、魔術師の事も細工師の事も、そして精霊のこともよく知らないまま、ただ魔術の事だけを考えて生活して…

ある魔術師の記憶 21

魔術師は家に向かう前に水鏡に寄り、何故かその水鏡の魔術師をともなって足早に街の中を進んでいく。 街の水鏡は一人だけで僕も顔だけは知っているけれど、二人はどうやら顔見知りらしかった。 言葉を交わすことは殆どないものの、あまり人を寄せつけない魔…

ある魔術師の記憶 20

「さっさと乗って」 「…これは?」 目の前には鞍をかけられた竜馬の姿。 周囲に広がる波の様子から、ここに来るときに出会った獣遣いが連れていた竜馬だろうか、とは思ったのだけれど、何故ここに居て、しかも"乗れ"とはどうゆうことなのか…と戸惑っていると…

ある魔術師の記憶 19

「ひどい顔ね」 夕方になって現れた魔術師はそう言うと並んだままの料理を下げ、その代わりの料理を再び棚に載せる。 「今朝…食事を届けるのを忘れてたから、それについては悪かったわ…と、思ってきたのだけれど、全然食べてないし、寝てもいないの?」 「……

ある魔術師の記憶 18

"眠れなかったの?" 夜明けとともに姿を見せた精霊は昨日と同じ冷ややかな目のまま、心配そうな声を出す。 "食事も…水くらい飲まなきゃだめよ" 「気にかけるふりですか?」 "変なこと言うのね? どうしてふりだと思うの?" 「隠す気もないのでしょう?」 "噛…

ある魔術師の記憶 17

その日は陽が暮れるまで魔術師の姿を見ることもなく過ごしたが、空が完全に夜の色に染まる直前、重々しく扉が開き、食事を手にした魔術師が未だ苛立ちの残る顔を見せた。 「…足は?」 「痛みはずいぶん楽に…」 「どうゆうつもりでここに来たの?」 気圧され…

ある魔術師の記憶 16

「しばらく見てねぇが、爺はどうした?」 「もう死んでるわ。そろそろ、二十年…くらいかしら」 魔術師と獣遣いの会話が途切れたところで尋ねた小鬼は返った答えに腕を組んで宙を見上げた。 「いくつまで生きた? 流れ者としちゃ長く生きた方だろ?」 「何か…

ある魔術師の記憶 15

「…ってぇ!!!!」 痛めた足を庇うつもりで身体ごと地面に転がり声を上げた僕を冷ややかな目で見下ろした魔術師は、精霊を見上げると『何処でも良いから上に放り込んどいて』と投げかけ、僕の身体はまた宙に浮く。 「待って! 聞きたいことがあるんです!…

ある魔術師の記憶 14

岩場での出来事から小一時間後、薄ぐらい室内に点された魔石を背にした魔術師は戸口に立った僕を含めた一団を見てあからさまに顔をしかめていた。 「…何の嫌がらせ?」 戸口からすぐの場所には竜馬を引いた若い女性が一人、引かれた竜馬の背には僕が乗せられ…

ある魔術師の記憶 13

向かう魔術師の街との間には岩が張り出した山があり、隣町から先は道が二つに分かれる。 一つは山を避けた、なだらかだが距離のある道…大抵は馬車や何かを使ってこちらの道を通る…で、もう一つは半分岩に張り付くようにして登る難所はあるけれど、ほぼ最短距…

ある魔術師の記憶 12

「え、あ、いや、素敵…? ですけど…。何で…契約してたら出来ることが限られるはず…」 「契約してるなんて言った?」 「だってその姿であの人について動いているんじゃ…」 「別に契約してなくたってそれくらいしても構わないでしょう? まぁ、契約はしてなく…

ある魔術師の記憶 11

工房のことに関して二人はそれ以上何かを言うことはなく、『突然訪ねてごめんなさい』とだけ口にすると母達に挨拶をして帰って行った。 母達は二人が帰った後で何か言いたげだったが、こちらの様子を見て口をつぐんだらしく、そのまま僕は自室に戻り布団に潜…

ある魔術師の記憶 10

「…殴って悪かったわ。まぁ、歯が折れなかっただけ良かったと思って」 悪いと言いながら、そう思ってもいなさそうな魔術師は自分の唇を引き、歯の足りない口の中を見せた。 「さ、て、と。…荷物は近いうちに取りに行ってもらうから、そのまま預かっていて。……

おしらせ。

(二、三日は二、三日前に過ぎている…吐血) 明日辺り再開予定です。

おしらせ。

不調続きですでに何日か空いてますが二、三日お休みします。 話はとっ散らかるし大変だ(ノ∀`)アチャー

ある魔術師の記憶 9

「その顔は何?」 わざわざ魔術が使えなかったなどと口にした相手に対して、自分のことを知られているのだろうか、だとすれば先生もずっと知っていたのだろうか、とぐるぐると廻る考えに僕は黙り、そうしているうちに一度は止まった涙があふれて来た。 「…う…

ある魔術師の記憶 8

人にぶつかっても足を止めず、謝りもせず。 塔を駆け降り、行き先さえ解らないままただ街から離れるように走り続けた。 自分が何を感じているのかを理解したくなくて走りながら意味もなく『…世界は光に満ちていた…光の中に力が…』と世界の成り立ちと云われる…

ある魔術師の記憶 7

人形の中の精霊はその言葉に答えることはなく、もしかしたら見間違いなのかも知れないけれど、微かに、本当に微かに微笑んだように見えた。 どこか悲しそうに、それでいて優しく…。 「…あ…っ」 "ありがとうございました"と、精霊の意思か魔術師の指示かは判…

ある魔術師の記憶 6

それから先生の葬儀の日までの事はあまり覚えていない。 二日後、街に帰った先生の遺体は一度家に安置された後で街の外れの塔へと運ばれ、慣習通り、その日の日没とともに荼毘に付された。 高い塔の上、篝火のたかれた祭壇、魔力の無いものは花や果実を手向…

ある魔術師の記憶 5

それは乱雑な覚え書きもそのままの、資料と呼ぶには粗の目立つ文字列だったが、その分その場の空気が生々しく伝わる、夥しい数の試行錯誤の記録。 読みはじめたその時には気がついていなかったが、記された文字には魔術師特有の"自分だけが解かるように創ら…

ある魔術師の記憶 4

先生が家に訪ねてきたのはそれから四日後の事。 姉に取り次がれて部屋着まま寝癖のついた髪を押さえ居間へ顔を出すと、先生の隣にどこかで見たような後ろ姿が並んでいた。 「…おやおや、ずいぶんと萎れてしまいましたね、果物ではなく精のつく物を持ってくる…

ある魔術師の記憶 3

「…人じゃない…」 逆光の中、目で追っていた先生の横に立つ姿、生き物でありながら波を立てないなんて、と思って見ていたけれど、実際はただの"くぐつ"、魔動人形にたいして"魔導"人形とも呼ばれるものだった。 ただ、それは今まで目にした中で一番人に近い…

ある魔術師の記憶 2

"普段と比べて"だから初めて見た相手では判断できないのだけれど、"波"は調子がいいと色が濃くなったり見える範囲が広くなったりする。 反対に調子が悪いと色は薄く範囲は狭くなるの傾向があるのだけれど、過去に人はもちろん、魔獣や何かを含めてもまったく…

ある魔術師の記憶 1

昔から、生き物の周りに出る"波"を見ているのが好きだ。 身体の周りで揺らぐその波は発する者によってそれぞれ全く違う見え方をして、色や動き、あと厚みとゆうのか距離とゆうのかは解らないがそれも、紗を一枚纏ったような者もいれば周りを大きく飲み込むよ…

エマナク 45

「その魔術師は子供のころから無気力とゆうのかしらねぇ、他人はおろか自分の身の周りのことにも興味を持たずに、いつも何かを考えているのかただぼんやりしているのか解らないような顔で部屋の隅に座っている、そんな子だったそうよ。エテバスとして生まれ…

おしらせ。

本年もよろしくお願いいたします。 かがみもふ。