ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 22

そのころには始めのうちは僕を避けていたらしかったもう一人の先住者、魔術師と一緒に仕事をしている細工師とも会話を交わすくらいにはなっていたけれど、魔術師の事も細工師の事も、そして精霊のこともよく知らないまま、ただ魔術の事だけを考えて生活していた。

「最低限、式を刻めるようになりなさい。式を組むことは出来るのだから、魔術を使えなくても、師のもとで吸収した知識を土台にして人一人が生きていくくらいは稼げるでしょう」

一人で外へ向けての魔術を使うことは未だに出来ないままだったけれど、自分の身体を強化することに慣れ、精度が上がると、魔術師は一人で試行錯誤する時間を増やせ、とそんな風に言ってあまり姿を見せなくなった。

 

買い物や日常の細々しいことは何故か精霊が請け負っていたし、細工師も魔術師も仕事の依頼や訪問者がない限り地下の工房から殆ど出てくることもない。

時々尋ねて来るあの時の獣遣いや小鬼達との会話が刺激になっているらしく、人以外のものの動きもよくなっているようだったけれど、それは魔術師が言っていた"思考する魔動人形"とゆうものとは全く別の話で、どうやらそちらはあまり進んでいないらしい。

 

日に一度が数日に一度、数日に一度が週に一度、段々と顔を合わせる頻度が下がり、言葉を交わしたあとでふと、魔術師の放つ波はこんなに薄い色だったろうか、と思ってからしばらく経った日の真夜中、僕は細工師と並んで夜空を見上げていた。

「ここに来たときよりもずいぶん身体も、顔立ちも大人びて…。時が経つのは早いものですね…」

偶然顔を合わせた細工師に連れられて上がった屋根の上、横並びで空を見上げるように寝転がって聞いた声は静かで、何処か寂しそうだったけれど、それは僕がどうこう、ではない事は何となく伝わって来る。

魔術師よりも更に少し年上らしい細工師は、しばらく黙ったあとで何故か自分の事を話しはじめた。

 

色を持たずに生まれ、生まれたその街の慣習で物心がつく前から屠殺場で生活をしていたこと。

そしてその街では魔術の使えない者は居ても居ない者のように扱われていたこと。

 

「皆が、一人一人がしない代わりに、必要な事をしているはずなのに、街に出ることも制限されていました。人の目に付かないようになのでしょうね、巡らされた高い塀の中で毎日毎日、家畜や害獣として捕まった獣を殺すんです。魔獣をばらす事もありました、珍しい魔獣であれば身体の中のことなど誰も知りません…毒を持つものに当たれば死ぬこともあります」

 

仕事として行き来する以外、街の人間は寄り付かなかったけれど、街の外の獣人や亜人の中には狩りの難しい時期に人の食べない部位や何かを買いに来る以外にも、ただ近くに来たから寄った、なんて者達も居て、その中に流れ者の小鬼が居た。

やってくるのは年に一度か二度で、いつも精霊と一緒だった。

しかし、ある年、精霊のほかに睨むような視線を投げる割に怯えた顔の人間の娘を連れてきた。

いつも娘も一緒で、頬を腫らして居たり、喧嘩でもしているのか一言も口を利かない時もあったけれど、信頼しているのはよくわかった。

 

「それって…」

「えぇ、あの人のことです。人と話すのが苦手で、爺様以外とは殆ど話そうとしませんでしたから、私も顔を知っていただけですけれど、人を寄せつけない割に血や何かで汚れた私たちを見てもいやな顔もせず、部屋の隅に座って作業をじっと見ていたりして…不思議な子だと思いました」

 

細工師は少し笑って、星明かりの下、ゆっくりと記憶を言葉として紡ぎつづける。