ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 23

「初めて口をきいたのはあの人が爺様に連れられて来るようになって五、六年してからです。人づてに聞いた外の世界に惹かれて、自分達のありように疑問を持って…わざわざ波風を立てる気も、誰かに迷惑をかけるつもりもなかったのですが、同じ立場の仲間達からすると"閉ざされた場所だからこその平穏"を壊したがっているように見えていたのでしょうね。私の方に何かをしたつもりはなくてもよく殴られました。あの時は何があったのか…片目は開かず、唇が大きく切れて、身体中が痛くて動くのも億劫なほど…。そろそろと近づいてきたあの人は黙って私の頬に手を添えていました。ぽっ、と、温かいような感覚はありましたが、魔力を感じることも出来ないのでその時は、ただ手が温かいのだろうと思っていて、あとになって痛みが和らいでいることに気付いて、傷を癒しに来てくれたのか、と。途中でぽつりと"爺も殴るけどこんなになったことない"と難しい顔をして…」

細工師の口から出る魔術師の話は、今の魔術師とはずいぶんと印象が違っていたけれど、以前足に感じた温かさを思いだし、見たことなどないのに、まだ年若い魔術師の姿をぼんやりと思い描いた。

怯えたような顔でこちらを睨む赤く光る髪の少女。

今の自分よりも年下だろうか、と、そんな事を考えながら細工師の話を聞いていた。

「私から手を離して、背を向けたと思ったらすぐに振り返って"ここにいるのは嫌じゃないの?"って聞くんです、考える前に"いつか絶対に外にでる"と、そう口にしていました」

 

次に小鬼達が立ち寄った時、しばらく作業を眺めた後で『手先の器用な奴を探してんだ』とその場にいたうちの数人にナイフと木片を投げて寄越し、片手に乗るほどの大きさの複雑な形の何かの部品の様なものを示し『同じものが作れるか?』と尋ねたとゆう。

最終的にそれらしい物を作ったのがそのうちの半分、その中から小鬼が及第点とみたらしいのが三人。

その中に細工師も含まれていたのだけれど、『ここを出て俺にこき使われる気ぃはあるか?』と問われて残ったのは細工師と一人の女性。

小鬼は二人に『もう戻らないつもりで荷物を作れ』と言って翌朝の出発を告げ、その言葉の通り、翌朝には二人を連れて街を離れていた。

二人が出て行くことに口を挟むものはなく、小鬼が何かを言う事もなかったが、何かを対価にきっと買い取る様な事をしたのだろう、と感じた二人は"外に出る代わりとして命を小鬼に差し出した"と思っていたとゆうが、後々そのことを小鬼に話したら、いやな顔で『俺のことなんだと思ってやがったんだ』と小突かれたらしい。

 

「"やる気さえあるなら二百年分の経験をそのまま詰め込んでやる"と笑っていましたが、本当にいろいろと仕込んでいただきました。…あの人も同じなんです、爺様に拾われて、与えられた物を何かの形で残したい…それだけを望んで生きている…」

途中から湿り気を帯び始めた細工師の声に、そっとそちらを窺うと、薄明かりではっきりとは見えないのだけれど、仰向いたまま、流れるに任せて大粒の涙を流しているらしかった。

そのうちに腕で顔を覆った細工師は『街を出る前、爺様に笑われたんですよ』と言ってはなをすすりあげ、一呼吸置いて口を開く。

「いつか外にでる、物心着いた頃からそう思っていましたけど、魔術師にはなれない、かといって身を守ってくれる人を雇えるだけのお金が貯まるとも思えない、とずっと仕事で出た皮の切れ端や何かを集めていたんです。それで簡単な鎧のようなものをつくっていたのですが、街を出る日にそれを着て行ったら、変な顔をされて、ちょっと脱いでみろと言われてその通りにしたら、小指ほどの、本当に小さなナイフを使って一瞬でばらばらに。胴の真ん中を突き抜けたナイフをゆらゆらと揺らしながら"着てなくて良かったな"って言って笑っていました。でもその後、最初に寄った街で一番安い物ではありましたが皮の鎧を買ってくれて、"あの店で一番高い鎧よりも良い物を作れるようにしてやるから、それまではそれを着とけ"と」

女性は早いうちに小鬼の元を離れたとゆうことだったけれど、魔術師と細工師、それから話には殆ど出ては来なかったが精霊と、爺様と呼ばれる小鬼…細工師はそれからもしばらく話を続け、深いため息をつくと『すみません、話しすぎましたね』と涙声で謝った。

何故僕を相手にそんな話をしたのかも、何故泣いているのかもわからなかったけれど、僕は『よければまた聞かせてください』と本心から口にした。

あまり他人に、自分に関わりのない出来事に、関心を持つ方ではないのだけれど、魔術師や人を連れ歩く"シギー爺"とゆう小鬼の事は聞いておきたい様な気がしていた。

細工師は身体を起こして少し困ったような顔をしていたけれど、

「機会が、あったら。きっと」

と微笑んで、先に戻るようにと僕を促す。

僕は立ち上がると小さく頭を下げ、こちらを見つめたままなのだろう細工師の気配を背に、静かにその場を後にした。