ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 33

「さっきの…フィユリさんの話なんですが…」

話に付き合ってくれるつもりらしく、一度魔術師の眠っている方を振り返った細工師は、さっきまでと同じように少し離れた椅子に座り、椅子ごと、さっきより少しだけ身体をこちらに向けた。

「フィユリさんのことは、私ではあまり答えられないと思いますが、それでも構いませんか?」

僕は頷き、手の中の瓶を明かりのとなりに置く。

ガラスの瓶と中の蜜玉の両方が揺れる炎を反射してきらきらと光り、僕の動きを目で追った細工師の瞳にも炎が映っている。

一瞬、火事のときの事が思い出され、話とは関係なく身体が強張った。

それとあわせて表情も引き攣ったのか、こちらを見ていた細工師も身構えるように姿勢を正す。

「…すみません…。今のはなんでもないですから、あの…」

何と言ったらいいのかが判らず、言葉を継げなかった僕に、細工師は『少し待っていていただけますか』と席を立ち、部屋の隅へ向かったかと思うと、それほど経たないうちに湯気と共にほんのりと甘い香りのするお茶を入れたカップを両手に持って戻ってきた。

「私も貴方も、もう少し落ち着いた方がいいみたいですから、話は一息ついてからにしましょう」

「…ありがとうございます」

お茶を二口ほど飲み、ふぅ、と息を吐いて、細工師は蓋の閉まっていない小瓶を手にとった。

「…フィユリさんは、あの人が爺様に拾われた時には爺様と一緒に居たのだそうです。この蜜玉とゆうものがどうやって作られるのかはわかりませんが、フィユリさんが生み出す蜜玉からはほとんど爺様の姿が表れること、それと、これを作るとフィユリさんが一時的とはいえ弱るらしい、とゆうことは知っています」

「…蜜玉はあの人の為ですか?」

「えぇ、爺様から頼まれていたようです。少しでも長く生きられるように、少しでも穏やかに過ごせるように、と。…あの人が自分のちからで身体の不調を補えなくなる前から、おそらくは爺様がまだいらした内から、長い時間をかけてかなりの数を用意してくれていたようで、それを知ったときのあの人の荒れようは…見ていられませんでした」

「…どうしてですか…? シギーさんと、フィユリさんがあの人を大切にしていた…しているからこそなんじゃ…」

「…。あの人はこのことについてあまり口にしないので、これは私の想像ですが、自分が生きるために誰かの生き方を縛るのが嫌なんです。爺様が亡くなった後、私にもずいぶん"どこにでも好きに行っていい"と言っていましたし…。フィユリさんにもずいぶんきつく当たっていた時期がありました。何がきっかけになるのか…あの人は時々抑えが効かないとゆうか、人がかわったように…。そうなるのは貴方も知っていますよね…、あの時はそれに輪をかけて…。それでもフィユリさんの方は子供のときから見ていたとゆう事もあるのでしょうけれど、どんな態度を取られても、何を言われても、表向きは気にも留めない様子でした。…時々、爺様の遺してくれた荷物の傍で佇んでいるのを目にはしていましたけれど。あの人の口ぶりからすると、フィユリさんは、爺様とあの人を看取ることを約束しているのではないかと…」

 

『大切に思う相手ならそんなことを頼まなければいいのに』

 

魔術師の言葉がふと頭を過ぎった。