ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 29

「過去の出来事から新たな慣習が生まれるのは当たり前の事なんでしょうし、精霊や神格者なんかに対する畏怖や畏敬の念からくる信仰には何の文句もない。でも、私のは別。当時は知りもしなかったけど馬鹿な話よ。たった一度、街がエテバスのせいで滅びかけた、それ以来、エテバスが生まれる度に魔力を扱えない身体にして、崇めるふりして蔑むってゆうのを繰り返してたんだもの…」

時々、言葉を切り、苦しそうな顔で息を吸うのだけれど、魔術師は話すことをやめようとはせず、さらに続ける。

「私は三人目だったみたい。持って生まれた魔力も大きく、どの系統かに適性を持つ大多数の者達とは違って唯一独りで結界が張れる…一般的にそう言われるでしょう? 自分たちで魔力を扱えない身体にしておいて、それを言い聞かせるのよ。貴方は特別、学ぶ必要なんてない、他の子供達とは違う。そして魔術はもちろん文字すら教えないまま、他の子供達がいろいろなことを覚えて、実際に出来るようになっていくのを蚊帳の外から眺めさせるの。反発させないようになんでしょうけど、着るものも食べるものも、十二分。だけど扱いは雑なのよ、神様だからって礼拝所に一日立たされても誰も来やしないし、街の中を歩かされればこっちを敬ってる風にみせてこそこそ嫌な目で話をしてる人ばかり、何かちょっとでも余計なことをすると"何もしなくていい"って笑顔でなぶられたわ。特別なんだ、特別じゃなきゃ。特別じゃないのに、でも特別じゃなきゃ。ぐるぐる回って諦める。シギーに出会って初めて自分も周りも"歪んでる"と思ったわ」

そこまで口にして"余計なことまで喋りすぎた"とでも思ったのか『後はまぁ、いろいろあったのよ』と言って、目を閉じた。

いろいろと気になることはあるのだけれど、それは尋ねてはいけないことのような気がして、そのまま黙っていると、目を閉じたまま

「シギーが入れ墨の方の式は解いてくれた。もう一つ、身体の中に何かしらの式があるのは分かっていても、そっちはどうにもならなかった。ただ、その式が一般的に知られている魔力を無効にする式と近い系統のものなら、式の限界を越えるだけの魔力を扱える様になればもしかしたら、って話だった。元々エテバスの魔力を抑える為に組まれた式だから簡単にはいかない、無理をすれば何処かに皺寄せが来るだろうとも言われたけど、折角じゃない? 時間はかかったけど、魔力ではなかった力を魔力に回す事を覚えて、少しだけ、身体の強化が出来るようになった」

と言った魔術師は、そのあとで微かに微笑んだように見えた。

 

そこまでいってもシギーさんは魔術の使い方を教えようとはせず、時間を稼いで様子を見るためなのか、自分を一発でも殴れたら魔術を教える、と条件をつけたとゆう。

それはさっき映し出された蜜玉に込められた記憶と重なり、その場面を実際に見ていた精霊に尋ねようとして僕は再び黙った。

涙を流すことなどないだろう精霊達、目の前にいる精霊ももちろん涙を流しているわけではないし、人をもした姿や表情にも悲哀は見て取れないのだけれど、改めて意識をすると"そこにいる精霊は泣いている"と感じられる空気が周囲を満たしていた。