ある魔術師の記憶 28
少し間が開いて、嘲笑するように息を漏らした魔術師は『…呆れるわね』と顔をこちらから遠ざけるように壁の方を向く。
「今、心配されてるって勘違いしたうえに、そのことが嬉しいとか思っちゃったわよ…。いちいちいらいらするし面倒だし、諦めて出ていかないか、なんて思ってたのに、私思ったより貴方に情が移ってるのかしら…」
「…勘違いじゃなく心配してるんです。貴方のことは嫌いでしたけど、今だって嫌なところは沢山ありますけど、でも、大切な…先生です。…身体が弱っているのは判ります。しばらく前からそうなんじゃないかって思ってました。けど、快復しないかどうかなんてわからないじゃないですか。足掻けって言ったのは誰ですか。分からないままにするなって言ったのは誰ですか。気にしてくれるなら、それなら、何で今まで教えてくれなかったんですか」
堰を切ったようにまくし立て、再びぼろぼろと涙をこぼしていると、腕を下ろした魔術師が、鼻をすする細工師と僕を見比べため息をついた。
「嫌になるわね、何で二人して泣いてるのよ…。これでも長く持った方だと思うわ。貴方と初めて会った頃にはもう、身体、がたついてたんだもの。…嫌々とはいえ面倒見ると言ったからには、貴方が諦めないかぎり不格好でも形にしたかったのよ。時間が無いのが分かっているなら、余計な事は出来るだけ省きたいでしょう。貴方の家族には一応言ってあったのよ、事情があっていつ死ぬかも分からないって。口止めはさせてもらったけど」
そう言われて家を離れる時の"迷惑をかけないように"と口にした家族の顔を思い出した。
そんなことを考える余裕が無かったとは言え、そんなこととはつゆしらず、自分のことばかりを考えていたこの二年を思ってぞっとした。
「…な、だって…殴られたし、ずっと元気だったじゃないですか…」
「どうせなら最後まで隠しおおせたら良かったのに、と思ってるわ」
「本当に死ぬんですか…?」
「近いうちに、ね」
「どうして…」
再びため息をついた魔術師は『知ったっておもしろくも何ともないわよ』と精霊の力を借りて身体を起こす。
そして上着を脱ぎ、こちらに背を向けるとそのまま上半身の衣服をすべて脱ぎ捨てた。
魔術式らしい模様がびっしりと書き込まれた背中。
一目見ただけではただ肌の上に書き込まれた物と区別がつかなかったが、『入れ墨らしいのよね』と言う魔術師の手の先、火傷の跡なのか、式が崩れたようになっている部分を見ると肌の中に色が入っていることが分かった。
「魔術を使えなくなるような式らしいわ。…入れ墨だったから解いてもらえたようなものなんだけど、普段見えなくても消えないと思うと邪魔な気がするのよね…」
誰が何のためにそんなことを、と思っているうちに、服を着直し、こちらを向いた魔術師。
「これは解けているけど、身体の中に別の式が刻まれているの。…ある量までの魔力を無効にするとか、何かそんな感じのが」
「…身体の、中…?」
ゆっくりと身体を横たえた魔術師は『私、昔神様だったのよ』と嫌なことを口にしているとゆう事なのか、苦々しく顔を歪めた。