ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 20

「さっさと乗って」

「…これは?」

目の前には鞍をかけられた竜馬の姿。

周囲に広がる波の様子から、ここに来るときに出会った獣遣いが連れていた竜馬だろうか、とは思ったのだけれど、何故ここに居て、しかも"乗れ"とはどうゆうことなのか…と戸惑っていると魔術師の目が"さっさとしろ"ときつくなった。

この前は身体を包み込むように何か、竜馬の為に誂えられたローブのようなものを纏っていたはずで、触れることも気にならなかったのだけれど、竜馬の身体に目をやれば、身体を覆う鋭い鱗は人の肌をたやすく切り裂く…とどこかで聞いた話を思いだす。

その鱗には、確かに、と見ただけで頷けるだけの存在感があった。

「足場はないけど、乗れるでしょう? 身の内では魔力も使えると言っていたし、今は私の目もある」

「え…ぃや…」

「さっさとしないなら括りつけてそのまま送り返すわよ」

手綱はついているけれど鐙はつけられていないし、鞍には手がかりになりそうな凹凸もない。

馬でもその状態で乗るのは難しそうな気もするけれど、個体差はあるだろうが今目の前にいるのは馬よりもふたまわりほど大きい竜馬で、その背中はずいぶんと上にある。

「私に教えられることなんてないって言ったでしょう。出来る時に出来ることをして慣れる、一つ一つの精度をあげる。やらなきゃどうにもならないわ。あ、あと、この子、言葉は理解してくれるそうよ」

「…失礼します」

どうしたらいいか、と考えながら聞いた魔術師の言葉は半分右から左に抜けているけれど、僕は竜馬に声をかけ、手綱と一緒に翼の付け根を掴むと身体に魔力を巡らせた。

"目はある"と言われても、そうですね、と簡単に頷けるわけもなく、手と脚に集中して飛び上がり、不格好ながらどうにか鞍の上に乗る。

しかし、気をつけてはいたものの、落ちないように鞍の端を掴んだ時に鱗に引っ掛けたのか、ざっくりと切れた手からはだらだらと血が流れ、竜馬の背から滴り落ちている。

「…傷、さっさと治しなさい」

竜馬の身体を水で流し、鞍の縁に隠されていたらしい鐙のかわりなのだろう布を引き出すと、魔術師は簡単に座り方を説明して僕の背側に並ぶように竜馬に飛び乗って手綱を取り、それから間をおかずに『お願いね』と竜馬に声をかけた。

間髪を入れずに翼を広げた竜馬は、勢いよく羽ばたきながら空へと駆け上がり、一直線に隣の街へと向かっていく。

「話をして理解が得られたら、荷物をまとめてすぐに戻るわよ。どんなときでも、たえず魔力を巡らせ続けること。自分の身体がどれだけ動くのかしっかり把握して、自分が思った通りの力が思った通りに使えるように。店の下に工房がある、そこの資料や何かはばらけさせなければ好きに見て構わない」

嫌がっていた割に忙しなく話しつづける魔術師に、傷の回復を意識しながら応えている途中で、竜馬の速度にしても魔術師にしてもずいぶん急ぐのだな、と感じ、思ったまま『ずいぶん急ぐんですね』と口にすると、魔術師は突然口をつぐみ、街が見え、竜馬が高度を下げてもそのまま黙っていた。

まだ街からは少し距離はあるけれど、地上に下りた竜馬から魔術師は飛び降りる。

「…貴方の気が済むまで置いてあげる。でもね、きっとあまり時間はないわ、そのつもりでいて」

こちらの顔を振り返ることもなくそういった魔術師は、僕が下りたのを確認すると、竜馬に上で待っていてくれるように伝え、そして、『走るわよ』と言うが早いか、ものすごい速さで走り出していた。