ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 17

その日は陽が暮れるまで魔術師の姿を見ることもなく過ごしたが、空が完全に夜の色に染まる直前、重々しく扉が開き、食事を手にした魔術師が未だ苛立ちの残る顔を見せた。

「…足は?」

「痛みはずいぶん楽に…」

「どうゆうつもりでここに来たの?」

気圧された、とゆうのとも違うのだけれど僕は言いよどみ、そのせいで余計に魔術師が苛立っているのは解っていても答えを返したらそのまま窓から放り出されるんじゃないだろうか、と身を固くした。

そして魔術師はまるでそれを見透かしたかのように

「…答えないのなら今すぐ放り出すわよ。話がしたければいらっしゃいとは言ったけど、そのつもりがないならここに居る必要もないでしょう?」

と、食事の乗ったトレーを置いたことで空いた腕を組み、眉を寄せた。

「この街で仕事を探すつもりで来ました…しばらく、僕をここに置いてもらえないでしょうか…」

「貴方いくつ?」

「もうすぐ十三になります」

「若いわね…。まぁ、仕事をこなせさえすれば歳なんか関係ないのでしょうけど、誰がどう見ても貴方はエテバスよ。普通なら人より多くを望まれる。自分一人じゃ魔術を使えない貴方がそれに応えられる?」

「無理です。…だから」

もう一度殴られるくらいのことは覚悟して、身体に力を込めながら僕は『貴方に、魔術の使い方を教えてほしい』と魔術師を見上げたけれど、魔術師は動くことはなく、腕を組んだまま嫌そうな顔をし、壁際の椅子を魔力で寄せると腰を下ろした。

そして組んだ脚に頬杖をつき『そもそも、魔術が使えないと言っても…』と、様子から半分呆れて居るのだろうことは伝わって来るけれど、真面目に言葉を続ける。

「私は貴方のように一度の失敗を引きずって、とゆう事ではなかったし、貴方が私と同じ方法で魔術を使えるようになることは"ありえない"わ」

「絶対ですか…?」

「ええ、それだけは間違いない。…逃げ出してきたの?」

「…そうかもしれません」

「どうしたいの?」

「…わかりません」

しばらく沈黙が続き、ふと俯いていた顔をあげると、いつの間にか魔術師も頬杖をついていた手に頭を預け、髪の間に滑り込ませた指で緩くまとめられた髪の一部を掴むようにして顔を伏せていた。

その指先が始めはゆっくりと、一、二回開いては閉じることを間隔をあけて繰り返し、少し勢いが増したかと思うとわしゃわしゃと力任せに髪を掻き回し、突然立ち上がった魔術師は『貴方何が出来て何が出来ないの!』と僕の顔に強い視線を向けた。

「…何…って?」

「風を起こす、火をともす、植物を繁らせる、水を凍らせる…光や闇でも何でもいいわ、すべての属性が使えないの? それとも一部? 魔力を外に出すことが出来ないの? 自分の中でも操れない? 傷を治すことは? 身体の能力を十二分に引き出すことは? 魔術式を刻んだことは?」

静かに、けれど勢いに任せて一息に、そこまで言った魔術師は僕が答えを返すのをじっと待っていたけれど、今度こそ気圧された僕がやっとのことで『わからない』とゆう答えを搾り出すと、かつかつも靴音を鳴らして近付き『馬鹿なのか?』と今度はこちらの髪を掴んで上向かせた顔を覗き込む。

「今まで何もしてこなかったのか? 教えてほしい、と言っておいて自分のことは何も知らない? お前は師の元で一体何をしてたんだ? あ"?」

明らかに様子が変わった魔術師に目を白黒させていると、ずっと見ていたのか、精霊が間に入って魔術師をなだめてくれた。

ちっ、と隠す気もない舌打ちに続いて、

「明後日の昼まで待ってやる。ここにいたいなら今の自分に何が出来て何が出来ないのかはっきりさせろ」

と言い残して出て行った魔術師。

精霊はなだめてくれはしたものの、やはりこちらには冷めた視線を向けている。

"あとは全部、貴方次第よ"

そう言って精霊はふっと姿を消し、僕は今から自分は何をすべきなのか、と突然のことで半分抜けてしまった魔術師の言葉をどうにか手繰り寄せたのだけれど、頭の中で何度も繰り返すうちに、うっすらと吐き気を感じ始めていた。