ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 18

"眠れなかったの?"

夜明けとともに姿を見せた精霊は昨日と同じ冷ややかな目のまま、心配そうな声を出す。

"食事も…水くらい飲まなきゃだめよ"

「気にかけるふりですか?」

"変なこと言うのね? どうしてふりだと思うの?"

「隠す気もないのでしょう?」

"噛み合わないわねぇ…。私、何かした?"

「そんな顔で心配するようなこと言われても、嫌な気分になるだけです」

"…かお?"

そこで始めて精霊の表情が動き、納得した、とゆう風に頷く。

"私今人の形になっていたのね、すっかり忘れていたわ…。この方が相手しやすいかと思ったけれど、良くなかったわね"

そう言った精霊の形が揺らぎ、ゆっくりと形を失っていく。

そして輪郭の曖昧な淡く光る球体になると、再び精霊の声が響いた。

"私には元々顔なんて無いの。何かを真似て姿を作ることは出来るけど、動かすのはまた別の話なのよね"

先程までと同じ様に半透明の顔が現れたかと思うとそれは苛立った様子の魔術師になり、目も口も動かないまま、

"さっきはどんな顔をしていたかしら"

と、今度は鏡のように僕の顔へと変わる。

"別に信じなくていいのよ。気にかけてはいるけれど、そこまで心配しているわけでも無いとゆうのも事実だし"

「…貴方も、あの人も、雰囲気が時によってずいぶん違うんですね…」

"貴方もね。…でも、そんなことはとりあえず置いておいていいわ、ここに居たいのなら…あの子から学ぶつもりなら、あまり時間はないもの。私が居ては意味がないわよね…でも、近くにいるわ。何かあったら呼びなさい"

ちょっとした厭味をそのまま返され、反射的に顔をしかめた僕に、精霊は僕の顔のまま何処か寂しそうな顔で言い、昨夜と同じように、ふっと、その姿を消した。

「時間がない…か」

昨夜から何かを試そうとする度にぐっと締め付けられる胃と、引っ張られているかのように重くなる身体。

腰かけたままだったベッドに身を沈め、壁の一点を見つめる。

 

"怖い"のかどうかもよくわからないまま、何年も試そうとすらしてこなかったこと。

何もせず、全部出来ない…と言ったら追い出されるだろうか。

 

魔術を扱うためには何がしたいのかを思い描くこと。

 

長い間、魔術や先生や幼なじみ、あの魔術師や精霊、いろんなことを考えながらただじっと壁を見つめていた。

考えれば考えるほどどんよりとした気分に拍車がかかり、考える事が嫌になる。

その時、ふわりと包まれるように風が吹き、精霊に触れられたあの時のように懐かしいようなあたたかな気配に包まれた。

「…風」

仰向いてつぶやき、部屋を見回し、閉ざされたままの窓越しに空を見上げる。

すぐそばに精霊がいる様子はなく、外からは通りを行き交う人の声が微かに聞こえて来た。

「…戻れないよな」

ため息にもならない浅い呼吸、意識的にゆっくりと深く息を吸い込み、かかったカーテンを揺らすつもりで集中していく。

しかし、風を吹かせようとした途端、込み上げてきた酸っぱいものを無理に飲み込み、焼けた喉で大きく息をする。

水も大地の力も、光も闇も、思い描いたものより遥かに小さな影響すら与えられない。

「魔術式…自分の中に影響を及ぼすこと…」

もう少し、もう少し、そう自分に言い聞かせながら、僕は重い身体を無理に起こし、もうほとんど痛みのない足へと視線を落とした。