ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 13

向かう魔術師の街との間には岩が張り出した山があり、隣町から先は道が二つに分かれる。

一つは山を避けた、なだらかだが距離のある道…大抵は馬車や何かを使ってこちらの道を通る…で、もう一つは半分岩に張り付くようにして登る難所はあるけれど、ほぼ最短距離で山を越える道。

他の土地から来た者は、動くことには慣れているし山を越えれば…と考えるらしいのだけれど、この辺りに住む者の多くがなだらかな道を行くのには岩場以外にもいくつか理由がある。

そのうちでも大きなものをあげるとするなら、ひとつは土地の精霊の気性が荒く、ちょっとしたことで追い立てられ丸一日駆けずり回った挙げ句元居た側に逃げ帰る、なんて事がままあるらしいこと。

もう一つはィアスィーキオ、所謂小鬼が住み着いていて、あまり良い噂を聞かないこと。

 

山を避けて行くのだろうとゆう僕の予想とは違い、精霊は山を越える道を選び、険しい岩場であっても、やはり少し浮いたような足取りで平坦な道を行くかのように軽やかに登っていく。

魔力で自身を強化することも出来なければ普段から身体を動かしている訳でもない僕は必死になって後から追っていた。

いくつかの岩場をどうにか越えたけれどまだまだ先はある。

そして、間もなく峠とゆうところで、一際大きく張り出した岩場にしがみつくように歯を食いしばり、あと少しで難所を越えられる…と思った矢先に足を踏み外し、さらには倒れ込んだ先は運悪くちょうど岩と岩の間で、遥か下に向かって落ちながら、大した抵抗も出来ずに"あぁ、しまった…"と目を閉じた。

しかし大きな衝撃もなく時間が過ぎ、恐る恐る目を開けた先には人形から抜け出た精霊の姿があった。

"大丈夫だった?"

「…はい」

僕の身体は風に包まれていて、そのまま岩場の一角の周りに比べて広い空間に下ろされた。

周囲には精霊が集まってきてはいるが特別追い立てられるような事もなく、ただただこちらの様子を窺っているようだった。

"とりあえず無事でよかったけど、見た目以上にどんくさいのね"

「…すみません」

"魔術が使えないと思うならそれ以外のところ使えるようにすれば良いのに"

思いのほかはっきりと物を言う精霊に対して感じた気恥ずかしさと苛立ちが混ざったようなもやもやを飲み込み、立ち上がろうとして顔を歪めた。

"何カ所も擦りむいているみたいだけど、足も痛めたのね? …困ったわね、私の身体は壊れちゃったし…"

そう言った精霊の頭上に、突然現れた大きな影。

揃って黙ったまま見上げると竜馬の背から大きく身を乗り出した人らしき姿が『大丈夫ですか…?』と声をかけ、少し離れたところからはがさごそといくつもの足音が聞こえはじめた。