ある魔術師の記憶 16
「しばらく見てねぇが、爺はどうした?」
「もう死んでるわ。そろそろ、二十年…くらいかしら」
魔術師と獣遣いの会話が途切れたところで尋ねた小鬼は返った答えに腕を組んで宙を見上げた。
「いくつまで生きた? 流れ者としちゃ長く生きた方だろ?」
「何かの時に、二百五十までは覚えてるが、それより先は数えちゃいない、と」
「そぅか…。お前さんを連れ歩くようになって愉しそうな様子だったが、死んじまったか」
"この人達の村には割とよく寄っていたし、貴方も覚えているんじゃない?"
精霊の声は小鬼達には声として聞こえてはいないのか、精霊の言葉に答えないまま魔術師が立ち上がって動きだしても誰も何もいわず、獣遣いだけがその後ろ姿を目で追っていた。
「とりあえず、うちのがお世話になったみたいですから、何かお礼になるようなものを…」
「あぁ、いい、いい。気にすんな。何かの時には寄らせて貰うかもしれねぇが、面白いもんも見れたしな、今日はそれだけで十分だ」
「お嬢さん、よかったらまた顔を見せてくれる? 生き物の話、嫌でなかったら聞かせてほしいの」
「しばらくはそちらの村に居ますから、時々なら…」
精霊と裏に向かう獣遣いと、小鬼達と表に出る魔術師、一人残された僕。
部屋の中では相変わらず魔動人形が動き続けていて、そちらへと目をやりながら、魔術師は昔の自分を知っているとゆう小鬼に対してあまりよい感情は持っていないようだったな、と自分のことは棚に上げてそんなことを考えていた。
戻ってきた魔術師は小鬼や獣遣いの目がなくなったからか、あからさまに不機嫌な様子でつかつかと僕に近付いて来る。
「今日は貴方の相手する気分じゃないし、とりあえず寝て」
魔術師の言葉に答える前に、魔術師の手が頭にかかり、遠慮も何もなく注がれる闇の魔力で僕は抵抗する間もなく、深い深い眠りに落ち、そのまま朝まで目を覚ますこともなく眠りつづけた。
目を覚ましたときには朝日が差し込む部屋のベッドに寝かされていて、傍らには僕の荷物と簡単な食事が置かれていた。
"目は覚めた?"
「あ、えぇ。おはようございます…」
"あの子、まだイライラしてるみたいだから今日はおとなしくしてらっしゃい。必要なら私が手伝ってあげるから、呼ぶといいわ。じゃあまたね…"
いつから居たのか、精霊は自分で言いたいことだけを言うと窓から外へと出て行った。
「この怪我がなければな…」
自分以外の余計な客を呼び込んだことにため息をつき、ただそのあとで獣遣いの波を思い出す。
怪我が治ったら他の獣遣いを探してみよう、そう思いながら傍らに置かれた食事に手を伸ばし、腫れはないが痛みの残る足を眺め、魔術師の機嫌が良くなることを祈っていた。