ある魔術師の記憶 15
「…ってぇ!!!!」
痛めた足を庇うつもりで身体ごと地面に転がり声を上げた僕を冷ややかな目で見下ろした魔術師は、精霊を見上げると『何処でも良いから上に放り込んどいて』と投げかけ、僕の身体はまた宙に浮く。
「待って! 聞きたいことがあるんです!」
「うるさいなぁ、帰らないんでしょう? 話なら後で聞いてあげるわ」
「そうじゃなくて、その人に!!」
女性を見下ろす位置まで持ち上げられていた僕は、女性の周囲に広がるいくつもの色が混在した大きな波を見ながらじたばたともがき、女性は感情のよめない顔でそんな僕を見上げた。
「何ですか?」
「貴方は獣遣いなんですね?」
「えぇ」
「この街に、獣遣いの女の子が居たりしますか?」
「女の子…? 近くに村がありますから、そこの子なんかは出入りしていると思いますけど」
「じゃあ…この街に他に獣遣いは?」
「確か、街外れに…」
「話の途中で悪いけど、お嬢さんはあの人たちと一緒に動いてるの?」
「えぇ」
「じゃああの人たちが帰るまで居る?」
「そのつもりです、邪魔になるようなら街から出て待ちますが?」
「邪魔ではないけど、とりあえず店の前から避けてくれる? …ねぇ、この子そこの椅子に座らせて、このお嬢さんを裏口まで案内してあげて!」
"はいはい。ほら、椅子ですって。一人だけのけ者にされずに済んだじゃない"
「裏口の方なら静かで広いし、水も汲めるからその子を待たせるのにここで立っているよりいいでしょう。店の上越えればすぐだから」
「…ありがとうございます」
二人のやり取りの横で宙に浮いたまま運ばれた僕のことを小鬼達が気に留めることはなかったけれど、魔術師が中に戻ると『ずいぶん良く出来てんな』『一人でやってんのか?』と声がかかった。
「私はただの魔術師ですから」
「にしちゃこだわってるんじゃねぇか?」
「ただの土の塊作ったって面白くないでしょう」
そんなやり取りをしている中で、精霊に連れられて店の奥から獣遣いの女性が姿を見せると、小鬼の一人が『どうだ、お前さんから見てこの出来は?』と投げかける。
その声に壁を見回し、近くにあった小型の獣の脚をもしたらしい部品を手にとった女性は、それを曲げ伸ばしさせながら上下左右からよく見て、
「良く出来ていると思います。これを組んだ人は身体のことをよく知ってる…」
と獣遣いには珍しく色を持った髪をかきあげるようにして魔術師を見る。
「でも多分、動かすのは人間の動きを真似する程うまくいってないんじゃないかな…」
「よくわかったわね」
椅子に座って脚を組み、店の真ん中に置かれた散らかったテーブルの端で頬杖をついてため息をついた魔術師は女性と言葉を交わしていたが、その姿を小鬼の中で一番歳かさらしい一人が眉を寄せて、何かが引っ掛かっている、とでもいったような顔でじっと見ている。
店の端に座らされた僕からはそれぞれの動きがよく見えていたけれど、魔術師が右手で自分の左肩を掴むようにして首を傾げた後、小鬼の表情から靄が晴れたのがよくわかった。
「どっかで見たことあるような気がしてたが、お前さん、あれだな、シギー爺が連れてたちびだな」
魔術師はそう言った小鬼の顔をじっと見ていたが、『どこかで会った?』と改めて首を傾げただけで、大してそちらに興味を引かれた様子もなく、獣遣いとの会話に戻っていった。