ある魔術師の記憶 38
嘘をつくとゆう事と、フィユリさんの言葉と周囲を満たす気配の間で考えが揺れ、僕は長く黙った後で『どうすればいいんですか?』と口にした。
「嘘を突き通すつもりがあるのね?」
頷いた僕にフィユリさんは小さな声で『ありがとう』と言ったのだけれど、その声はまるで"ごめんなさい"と謝っているように聞こえた。
「彼とのやり取り以外はいつも通りでいいわ。ただ、いつもなら上でやっていること…シギーの書いたものを読むのも、式を刻む練習をするのも、そのほか魔術に関することは全部下の工房ですること。それだけでいい。後はあの子がどうするかを見ないことには決められないから」
フィユリさんが言葉を切ると、代わりに細工師が口を開いた。
「…フィユリさんの身体はあの人の手入れがなければ動かせません、フィユリさんの役は代わりに私が担います。水汲みも買い物も食事の支度も、私がします。私が下にいない時間はフィユリさんも下に下りて二人であの人のことを見てあげてください。少なくともあの人が、後継とゆう話に納得して、この子と二人でも無茶をしなくなるまで。それから、フィユリさんも、絶対に無理をしないでくださいね」
「…判ってるわ」
少し答えるまでに時間があったような気がするけれど、フィユリさんも細工師の言葉を受け入れたようだった。
「明後日にはレリオさんがいらっしゃいます。その前に一度向こうに足を運んでいただけますか? 貴方とレリオさんがお互いを知っているとゆうだけであの人の受け取り方が変わるでしょうし、事の次第を、簡単にであってもお伝えしておいた方がいいでしょうから」
そう言った細工師は僕たちの前でレリオとゆう魔術師に宛てて手紙を書き、僕もフィユリさんも内容に異議がないことを確認すると封をしてこちらへと差し出した。
そして僕はその日のうちにレリオとゆう魔術師の家を訪ねた。
僕のことを見知って居たのか、周囲には木々や岩以外に何もない平原の中、大きな木を見上げるように建つ家の前で顔を合わせた髪の長い少女は訝しげな目をしながらも、挨拶からすぐに家の中へと通し、すぐに部屋を出るとそのうちにその家の主を連れてもどって来た。
「…工房…から…ですか?」
言葉の所々がかすれて聞き取れなかったのだけれど、僕は頷き『預かって来ました』と細工師から渡された手紙を差し出す。
少女と並ぶようにして手紙を開いたレリオさんは魔術師よりもさらに年上だろうと感じられる風貌で、強いけれど揺らぎの激しい、濃い藍色の波を発していた。