ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 39

手紙を読み終えたのか、レリオさんがかさかさと音を立てながらその紙を畳む横で、僕と変わらないか少し年下だろう少女が口を開いた。

「いずれは工房を畳むつもりだと、これまではそうお聞きしていました。…この手紙には貴方が工房を継ぐとまでは書かれていませんけれど、読む側としてはそうとれます。私達は、貴方が工房の後継者で、これまで通りの関係性を続けて行く、と、そう思っていていいのでしょうか」

その少女はまるで積もることのない雪のように、触れるまでもなくふと消えてしまいそうな、細い細い糸で編み上げられたレースのように、繊細で触れることを躊躇うような、あまり見たことのない形の波を発していて、家の外で姿を見たときからついついそちらに気を取られている。

光に透けた白銀の細い髪はその波とよく似ていて、同じように色を持たない瞳、実感としては判らないとゆうのが正直なところなのだけれど、きっと愛らしいと表現されるのだろう面立ちで、肉付きも薄く華奢に見える。

ただ、強くこちらを見据えるその瞳とはっきりとした物言いは魔術師と重なるものが在って、気圧されないように、と、僕は気を引き締める。

「そこに書かれている以外の事については明言出来ません。…先生、の、体調がすぐれないのは事実です。ですが、だからといってすぐに後継を考える、とゆう状態ではありません。工房には今までもお世話になっていましたし、しばらくは今までと変わらずに私も工房におりますが、中での役割はこれまで全く同じ、とゆうようにはいきません。こちらとのやり取りは私が担うことになりました。依頼に関しては、こちらで受けていただけるのなら、これまでと変わらず取り次がせていただきます…」

何かを考えるように微かに眉根を寄せた少女は、少し黙った後で側の棚へと腕を伸ばす。

それまでは長い袖に隠れていたのだけれど、伸ばされた手指や腕は乾燥したように艶気はない。

細いがしっかりと筋肉がついた腕、落ちきれない汚れが入り込んで色の着いた平たい爪、その手から受ける印象は工房の細工師とも似た、自らの手で仕事をする者のそれだった。

ふと気がつくと伸ばした腕は行き場を失ったようにその格好のまま動きを止め、少女は眉根のしわをより深くしている。

「…今度、うかがえばいいです…」

レリオさんが横から声をかけると、表情を変えないまま少女は振り返り、視線を合わせるとしばらくして小さく頷いた。

「…お手紙…確かに受け取りました…とお伝えください…。…仕事は、こちらからもお願いしたいです…近いうちに…また、お伺いします」

「よろしくお願いします」

眉根にしわを寄せたままの少女に代わってレリオさんの言った言葉に礼を返し立ち上がった僕を、そのままレリオさんが戸口まで送りに出てくれた。

「…貴方は…」

「…私が何か?」

「…いえ…なんでも…」

何かを尋ねようとしたのだろう、と感じはしたのだけれど、そのままレリオさんは頭を下げるようにして一歩下がり、それからは何をいうこともなく、僕は再び深く礼をしてその家をあとにした。