ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 40

工房に戻った僕を迎えたのは、しゃがみ込んで壁に背を預けた、あからさまに機嫌が悪く、そのことを隠そうともしない魔術師だった。

ここしばらくは閉ざされていたはずの、道から直接地下へと続く階段の降り口につけられた扉が開け放たれていて、すぐそこにいる魔術師の姿は道行く人達からも見えているだろうけれど、放つ雰囲気故か、誰も皆見て見ぬ振り、目のはしで様子を窺うだけで通りすぎ、少し離れてから二、三人で寄り集まってはちらちらと工房の方へと視線を送りながらひそひそと何かを話して眉間にしわを寄せている。

「何をしているんですか…?」

具合が悪いのに、と口にはしないけれどそうゆうつもりで声をかけると、魔術師は立ち上がることもなく『それはこっちの台詞よ』と下から僕を睨みつけた。 

「貴方は何をしているの? 外に出る用をこなすだけの暇があるなら、その時間は自分の為に使いなさい」

魔術師越しに見える地下の工房からは細工師の顔が半分だけみえている。

覗くようにして僕に目配せをし、"頼みます"とゆうように目を閉じながら頭を下げたその様子から、今の状況を推し量り、僕は"馬鹿なことを"と言わんばかりに大袈裟にあきれて見せた。

「自分で言ったことも覚えていないんですか? それとも、いつもの気まぐれですか?」

魔術師は明らかに、表情から細かな動作の端まで、と、こちらを注視していて、僕は嘘を見透かされるのではと内心怯えながら、これまた大袈裟にため息をつく。

「時間を無駄にするなと言うなら、変なことで絡まないでください。今日中に今読んでいるシギーさんの本を読み終えて次の巻に移りたいんです。何のためにここを開けていたのか知りませんが、話が終ったならこのまま通りますよ…」

何を言われるか、こちらがそこのことに身構えているのはさすがに悟られているだろうけれど、そのまま魔術師の横を抜け、振り返り様に『レリオさんは近いうちにいらっしゃるそうです』と投げかけると、逆光のせいではっきりはしないのだけれど、魔術師は疑問なのか困惑なのか、顔を歪めているようだった。

「…降りるのなら手を貸しましょうか?」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと行きなさい。…無駄口叩いてると蹴り落とすわよ」

余計な言葉が付け足された気がするな、と思う直前、魔術師のかなり薄くなった波が大きく揺れた。

僕が自分の指示で工房の用をこなしているらしい事に対しての動揺か、もしくはこちらの嘘を嘘と知りながら受け入れようとする葛藤か、明らかに顔に出ている以上の思いが巡っているはず、と感じながら、僕は目をそらすように足元に視線を落として階段をおりはじめる。

その先にはもう細工師の顔はなく、強張った顔をしているだろう自分を見られなくて済んだ、と思った矢先、強い風に先導させるように地下から現れた精霊が勢いよく地上へと向かっていき、擦れ違いざまに『大丈夫?』と明らかに心配されているのを感じて、どう表現したらいいのか、歯痒いような感覚に唇を噛んだ。