ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 7

人形の中の精霊はその言葉に答えることはなく、もしかしたら見間違いなのかも知れないけれど、微かに、本当に微かに微笑んだように見えた。

どこか悲しそうに、それでいて優しく…。

「…あ…っ」

"ありがとうございました"と、精霊の意思か魔術師の指示かは判らなかったけれど、一晩中自分を気にかけていてくれたらしい相手に、僕は口にしかけ、でも何故か言葉に出来ず、中途半端に傾いた身体のまま小さく首を下げた。

精霊はその言葉に応えるようにゆっくりと瞬きをし、祭壇の方へと向き直ると膝を折るように小さく礼をして、静かに塔を下りて行った。

残された僕は魔術師と精霊を並べて思い浮かべ、もやもやとどうにもすっきりとしない心の置き所を探るように『訳が解らない』とわざわざ口にしてため息をついた。

 

そろそろ朝日が顔を見せるとゆう頃、お嬢さん達よりも先に姿を現したのは先生が亡くなったことを知らせてきた先生の友人で、昨夜を除けば一度会ったかどうか、とゆう程度でよく知らないだろう僕の顔を見るなり、がさごそとローブの中を探って『君に渡した方がいいのでしょうね』と一通の手紙を取り出した。

座ったままで居るのも失礼だろうか、と立ち上がった僕を前にしたその人は、祭壇を見上げながら『彼から』と言って一度言葉をきる。

「…違いますね、預かった訳ではないのですから…。これは彼が書こうとしていた手紙です。宛名もなければ中に書いてあるのもたった一行だけですが、娘さん達と話をするうちに君宛てなのだろう、と、そう、思いました。あの子達もそれがいいだろうと…」

受けとった手紙には"君がずっと見ているものが、きっと道標になります"と、本当に誰宛てなのかも判らなければ受けとる者にとってどうとでも取れるような一文…僕は先生の放っていた波によく似た色の空を見上げ、少しだけ考えた後でその手紙を目の前の相手に返すために差し出した。

「…どうして?」

僕は無言のまま手紙を相手に押し付けるように返し、塔を駆け降りた。