ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 6

それから先生の葬儀の日までの事はあまり覚えていない。

二日後、街に帰った先生の遺体は一度家に安置された後で街の外れの塔へと運ばれ、慣習通り、その日の日没とともに荼毘に付された。

高い塔の上、篝火のたかれた祭壇、魔力の無いものは花や果実を手向け、魔力の有るものは各々のその力を捧げるように放ちながら祭壇の上部を見上げる。

石で組まれた壁の向こうで、その魔力を糧にするように、遺体を包む炎は薄明かりの残る空へと吹き上がり、人の波が途切れてからも長く燃え続けた。

 

先生のお嬢さん達や親しかった友人、知人、僕と同じように先生の工房に出入りしていた幾人かは炎が消えるまでその場で先生の思い出話をしていたけれど、僕はひとり隅の方に座ってただただその様子を眺めていた。

知り合いが死ぬのは初めてではないし、炎が上がっている間中祭壇を囲んでいたこともあったけれど、何故かこの時は話の輪に入る気になれず、そんな僕をそっとしておくように、と幼なじみでもある先生の一番下の娘さんが周りに声をかけてくれた事を後で知った。

 

残った灰と骨を大地に返す夜明けまで、と人も居なくなり篝火も消えた塔の上、一人で壁に寄りかかるように祭壇を見上げて座り込んでいると、誰かがかつかつと靴音を響かせて塔を上って来た。

明かりも点けずに祭壇の前に進んだ二つの影は、長い間祭壇を見つめていたようだったが、始めから僕がそこに居ることを知っていたかのようにこちらを向き『ただの子供ひとり、夜更けにこんなところにいたら危ないわよ』と声をかけてきた。

「貴女はきっとすごい人なんでしょうけど、僕は貴女が嫌いです」

何故そんなことを言ったのか、月も無い闇夜に、身体の周囲からは紅く輝くような強い波を放つ魔術師に僕はずいぶんと刺のある言い方をした。

「なんだかしょげていると聞いていたけど、それだけ言えれば十分。…まだまだ時間は有ると思っていたし、ついこの間元気な顔を見たばかりなのに…。…その様子だと何も聞かされていなかったのでしょう?」

一度声が落ち、寂しさを散らしたような間が空いたが、こちらに投げ掛けられる言葉にはその影もなく、突き刺すような強い声だった。

何も聞かされていなかった、とゆう事はこの人は何かを知っているし、先生はこうなることを予期していたとゆう事なのだろうか、自分だけが知らなかったのだろうか、と内側にめり込みそうな自分を抑えて、

「…貴女の資料を預かっています」

と口にすると、魔術師は『そう』とだけ言ってまたかつかつと靴音を響かせて遠ざかり、そのまま塔を下りて行ってしまう。

「何なんだよ」

そうつぶやいた僕は膝に顔を埋めるように座り直し、夜が明けるまでずっと思い出せる限りの先生の姿や声を掘り返し続けていた。

その合間合間に、体調が悪そうだったのに、と、何も聞かされていなかったのか、ともう考えても仕方の無いことばかりを考えていた。

 

周囲が僅かに白みはじめて顔をあげ、中途半端に壁に身体を傾けたそのままの格好で動きを止めた僕は、物音一つ立てずに一晩中その場に立ち尽くしていたらしい"人形"に向かってかすれた声で『何で…』と思わず口にした。