ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 5

それは乱雑な覚え書きもそのままの、資料と呼ぶには粗の目立つ文字列だったが、その分その場の空気が生々しく伝わる、夥しい数の試行錯誤の記録。

読みはじめたその時には気がついていなかったが、記された文字には魔術師特有の"自分だけが解かるように創られた文字"がなく、癖や殴り書いたことによる字の歪みやかすれはあるもの知った文字だけで綴られている。

"読むには困らないが、読めない"とゆうのはどうやらそうゆう意味らしかった。

 

”思考する魔動人形”を生み出す為には何が必要か。

魔道具の一部として使われるものには特定の音や直接触れること、魔力を込める事で反応を見せる様々な魔石があるけれど、その一つ一つを魔動人形の為に最適化するにはどうしたらいいか。

そのほか見た目、動き、質感、試しはしたが成功しなかったことも、全く的外れだろうとゆう内容も隠される事なく綴られて…興味は無かったはずなのに、実際に街で使われている魔動人形の改良と並行して、あーでもないこーでもない、と何年も、もしかしたら何十年も続けてきた、そして今でも続けているあの魔術師の頭の中を覗いているような妙な感覚にいつのまにかどっぷりと浸かって、寝ることも食べることも忘れていた。

魔石の中に収められていたものだけではなく、紙の束や巻紙、荷物の中の物はすべて読んだ。

記録を収めた魔石も、試行錯誤の中、見たものを記憶…もしくは記録しておくためにはどうしたらいいかと術式を組んだ試作品らしく、荷物の中に紛れてしまっていたがどうやらもともとは魔石に添えてあったらしいメモには"紙や布のまま置いておくよりも小さくはなりますが、必要なところを探すのには一苦労です。何か良い知恵はありませんか"と資料と同じ癖のある文字が並んでいた。

その他に音を記録する魔石、周囲に漂う魔力を魔術師がかかわる事なく吸収出来る魔石を目指した失敗作…具体的には書かれていなかったが限界まで吸収するとそのままの勢いで爆発するらしかった…等も入っていたが、資料の多くは身体の動きに関するものだった。

 

隅々まで目を通し、読み返し、としているうちに気がつけば先生が家を空けると言っていた日の夕方で、最低限の身だしなみを整えて工房へと向かったらすでに家にも工房にも先生の姿は無かった。

先生のところに出入りをしていた他の顔ぶれを訪ねてもしばらく家を空けるとゆう事以外は分からず、夕暮れの中、家に帰りつくと急に襲ってきた眠気に、先生は何処へ行ったかのか、思考する魔動人形なんて出来るのだろうか、等と思う間もなくベッドに倒れ込み、次の日、陽がかなり高くなるまで目を覚ますこともなかった。

 

目を覚ました後、変な顔でこちらを見ている家族の事など気にも留めず、簡単な食事をとってまた資料を読み返そうと、一度は片付けた荷物を部屋に持ち込んだところで街の水鏡を通して一通の手紙が届いた。

それは先生が亡くなった事を知らせる手紙で、差出人は少し離れた街に住んでいる先生の友人だったが、手紙の内容は頭に入っては来ず、何故自分のもとに届いたのだろう、とそんなことばかりを考えていた。