ある魔術師の記憶 2
"普段と比べて"だから初めて見た相手では判断できないのだけれど、"波"は調子がいいと色が濃くなったり見える範囲が広くなったりする。
反対に調子が悪いと色は薄く範囲は狭くなるの傾向があるのだけれど、過去に人はもちろん、魔獣や何かを含めてもまったく見えなかった経験はない。
時々信じられないほど広範囲に波を広げた人がいて、その人の波を把握するのに時間がかかる事はあるけれど、どんな生き物でも何かしら見える。
一つ付け足すとするなら、波には起こす人によって基本になる色があるみたいだけれど、広範囲に波を広げている人の多くは何故か波に現れる色に規則性がないことが多いような気がする。
竜が起こす七色の波とも違って、いくつかの色が混じり合わずにくっついているように見えたり、一週間前は赤系の波だったのに今日は緑に見える、なんて事もある。
調度今目の前を通った女の子がそうだった。
なんて思っている内に荷を運ぶ魔動人形が荷車をひいてゆっくりと通りすぎ、遠い空を竜が飛ぶ。
竜の起こした波が消えたのをきっかけに一息ついて…ぼんやりしていたようなものなのだから一息つくもなにもないのだけれど…それまで気にしてもいなかった部屋の中を見回してみる。
その辺の街中で動いている魔動人形は人形といっても生き物の、もっと言うならば人の形をしているものは少なく、物によっては水の上や空中を進む事が出来たりもするが、見た目としては舵をつけた荷車や車輪のついた箱のような、人形と呼ぶのは憚られるようなものが一般的で人形ではなく"道具"と呼ばれることも多い。
その事を考えると、見回した部屋の中に置かれた品々は、木や金属のような質感ではあるが、生き物の形を模していて、本当に動くのならばきっとすごいことなのだろう。
魔道具や魔動人形を作るには式を組む魔術師だけでなく、その式に見合ったからくりを作る技術者が必要だと聞くけれど、確かに外装のない人形の中は細かな部品が複雑に組み合っていて、一目見ただけでここにいる技術者は腕がいいのだろう、と知識のない僕にもわかる。
かたん、と何か硬い音が聞こえて振り返るとこの部屋に入ってきた時に書き物をしているように俯いていた男性が顔を上げていた。
部屋の奥の暗がりで書き物、とゆうのもおかしな話だけれど、真正面を見たまま瞬きもしない男性からはさっきの女性と同じく、周囲の波が見えず、調度よかったと近づきかけて後ろから声をかけられた。
「お待たせしました」
「…この子がぼんやり君ですか?」
先生を支える女性とは別に、逆光で影になった姿がこちらを見ているらしかったが、その表情は見えず、声の感じから女性なのだろうと思っているうちにその影は靴音を響かせてすぐ前までやって来た。
僕とそれほど背の高さは変わらないけれど、歳はずいぶん上だろう。
無遠慮にこちらを覗き込んで来るその人は、
「聞いていたよりはぼんやりしていないのかしら…?」
と、遊びなく一つにまとめられた光の加減で七色に変わる赤みの強い髪を揺らして何故か眉を寄せる。
「まぁいいわ、何か気になるものでも見つけたの? ここにあるものなら触れても構わないし好きに見てくれていいわよ」
こちらに背を向け先生に椅子を勧めた肩越しに、僕はさっき背を見送った波を起こさない女性を観察しようと、やはりやや逆光になっているその姿を目で追いはじめた。