ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 1

昔から、生き物の周りに出る"波"を見ているのが好きだ。

身体の周りで揺らぐその波は発する者によってそれぞれ全く違う見え方をして、色や動き、あと厚みとゆうのか距離とゆうのかは解らないがそれも、紗を一枚纏ったような者もいれば周りを大きく飲み込むような者もいる。

一番好きなのは、時々、街の上を飛んでいく竜の起こす波。

ゆったりと広がり、端が淡い七色に光って見える。

いつだったか、それを誰かに言ったら『何の事だか解らない』と変な目で見られて、それまで当たり前だと思っていたそれが見える者ばかりではないのだとゆうことを知った。

 

どうにも僕は波を見る事に気を取られると周りの声が聞こえなくなるらしく、話を聞いていないのかと怒られたり、連れとはぐれて気がついたら一人、なんて事もあるけれど、別にそれで死ぬ訳でもないし、誰かの噂話を聞いているよりよっぽどいい。

最近じゃあ家族以外で話しかけて来るのは幼なじみと魔術の先生くらいなものだ。

 

先生の所に通うのがつまらないってゆうんじゃあないけれど、エテバスだからって何でもかんでもできる訳じゃないし、自分で魔術が使えなくても生きている人は大勢居るんだから無理する必要もないだろう。

強い結界が張れなくたってきっとどうにかなる。

 

 

ーーー

 

 

「魔動人形? 荷物を運んだりしているあれですか?」

「ええ、そうです。工房を見に行ってみませんか? 荷を運ぶだけなら複雑な式は要りませんが、そのほかにもいろいろと作っていますよ」

なんだかんだと先生には外に連れ出されているけれど、今回はまたよくわからない行き先を選んだものだ。

精霊の力を借りたくぐつなら、生き物の波とは違うけれど精霊の波のようなものが見えるし、魔術で直接土や木を操って居るのなら魔術師の起こす波に興味もあるけれど、街の中で見かける魔動人形は単調な動きで道を行き来しているだけだし、今までに何度も目にしているけれど特別興味もない。

「興味はないかもしれませんが、ちょっと工房の知り合いに届ける荷物もあるので運ぶ手伝いをお願いしたいのです」

「…そうならそうとはじめから言ってください」

「すみません。よろしくお願いしますね」

 

杖をついて歩く先生の後ろを歩いていると、呼吸をするようによせてはかえす空色の波が見える。

普段から身近な存在ではあるものの、他では見かけない波の動きを眺めているうちに、時間が経っていたなんて事もよくあるけれど、気がついた時には先生の杖とは反対の腕を取った女性の背中が目の前にあった。

「さぁ、着きましたよ。荷物はそこの荷車の上にでも置いておいて下さい。帰りにまた頼みたい事もあるかも知れませんから、用がすむまで中で待っていてくださいね」

女性に支えられながら急な階段を地下に向かって下りていく先生を見送くりながら、その女性の周りには一切波が起きていないことに気付いて驚いた。

波を起こさない人がいるなんて初めてだったし、もっとよく見てみたかったけれど、気付いたのが遅かった。

荷物を置いている内に先生も女性も見えるところからいなくなっていて、仕方なく目の前の扉を開いて薄暗い建物の中に入ったら、正面の机で一人の男性が何か書き物をしているのか顔を伏せていて、僕が入ったことにも気付かずにこっちを見ることもなかったので、邪魔をするのも悪いかとそのままそばの椅子に座って道を行き交う人を眺めることにする。

眩しい日差しの下でも生き物の周りに起きる波は見えなくなる事はないし、その建物の入口から見える道は開けていて眺めるのにはちょうどよかった。