ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 3

「…人じゃない…」

逆光の中、目で追っていた先生の横に立つ姿、生き物でありながら波を立てないなんて、と思って見ていたけれど、実際はただの"くぐつ"、魔動人形にたいして"魔導"人形とも呼ばれるものだった。

ただ、それは今まで目にした中で一番人に近い形で、どうなっているのか普通なら再現することのないだろう髪や爪も見えるが、砂を集めて形作っているのだろう素焼きの陶器に粉をはたいたような乾いた肌と、動かない虚ろな瞳の奥で精霊が揺らめくのを見れば人でないことがはっきりと判る。

もしかして、と薄暗がりに足を勧めて男性を窺うと、魔導人形と同じくらい精巧に形作られた半透明の鉱石のような表面から木目が透けて見え、空っぽの硝子玉のような目が僕の顔を映していた。

「ただの人形なんだ…」

口からこぼれた僕の声はそうゆうつもりはなくても明らかに落胆したように響き、かつかつと靴音を立ててとなりに並んだ魔術師は『ええ、ただの人形』と抑えた声で答えた。

「私に魔術を仕込んでくれた人は"エテバスが想像した事はすべて実現できるはずだ”って言っていた。でも、長い間自分で思考する魔動人形を追いつづけていてもまだまだたどり着かない。私のところにいる細工師は私が思い描いた通りのものを作ってくれるし、やろうと思えば身体のすべて、額や頬から胸、おなか、脚…本当にすべてを動かすこともできるけど、式を増やして魔動人形自身で反応できる事が増えても、一つ一つを見れば結局は目の前の出来事に決まった形で動くだけ」

人形の肩に手を置いて魔術師が魔力を込めると、人形は顔を上げて微笑み、瞬きをする。

鉱石のように見えていた表面は何で出来ているのか細かな動きの再現が出来るほどに柔軟で、作られた内部のからくりだけに頼った動きではないのだろう"揺らぎ"のようなものもある。

そうゆう部分はきっと魔術師の力量なのだろう、とは思うのだけれど、それ以上の興味はない。

そう思って相手の話を半分聞き流していた僕に向けられた魔術師の視線には蔑みと、何かもう一つ別の感情が混じった、冷たく刺さりながらも熱く纏わり付くような妙な強さがあって、この時すでに僕は気圧されていたのだと思う。

「ただね、自分で何ものをも生み出したことのない”ただの子供"の口で"ただの人形"なんて言葉を吐かないでくれる? 諦めたような顔をして心の奥では自分は特別なんだ、とでも思っているのでしょう?」

こちらへと微笑みかけた後で机の上の小さな魔石を手にとっては自分の中に貯められた魔力を分けるように注ぐ事を繰り返す人形の後ろに立ったまま、その両肩に手を添えた魔術師はさらに続ける。

「貴方の師はエテバスではないけれど、貴方より余程"意味のある"生き方をしているわ。エテバスであろうとなかろうと、魔術が使えようと使えまいと、そしてどんな種族であろうと、私は今の貴方の生き方より、考えることを諦めない"誰か"の生き方の方が余程好き。…私自身取るに足らない人間だと思うし、そうでなくても私に好かれる事なんて貴方にとってはどうでもいいのでしょうね。全部が世迷事に聞こえるでしょう? でもね、誰かにとって必要な存在になったかもしれない貴方を、"特別な貴方"をおとしめているのが自分自身だとゆう事は知っておいた方がいいわ」

それから先、その場所で何があったのかは覚えていない。

気がついた時には自分の寝床でふとんを被りぼーっと壁を見つめていて、それからしばらくは家から出る気にはならなかった。