ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 4

先生が家に訪ねてきたのはそれから四日後の事。

姉に取り次がれて部屋着まま寝癖のついた髪を押さえ居間へ顔を出すと、先生の隣にどこかで見たような後ろ姿が並んでいた。

「…おやおや、ずいぶんと萎れてしまいましたね、果物ではなく精のつく物を持ってくるべきでしたか」

半分冗談なのだろうけれど、振り向いた先に見た僕の姿にそう言って立ち上がった先生は、つられたように立ち上がった連れ、女性の姿を模した"魔導"人形の事はひとまず置いておこうとゆうことなのか、それについては触れないまま、いつもよりも杖に体重をかけるように傾けた身体を揺らしてこちらへとやってくる。

正直あまり顔を合わせたくはなかったのだけれど、姉に引っ張られるように顔を合わせた後は、先生の放ついつもよりもかなり薄い色の波から、どこか悪いのだろうかとゆう心配と、何故わざわざそんなときに訪ねてきたのだろうとゆう困惑で目を離せずにいた。

「初対面でああゆう言い方をされて戸惑っているでしょう、私も彼女があのような態度をとるとは思っていなかったので驚きました。…どうやら彼女自身か、もしくは近しい人間か、どちらかに貴方の姿を重ねていたようですよ。心配だったのか、苛立っていたのかは判りませんけれどね。…さて、それで本題ですが、今日訪ねたのは…」

僕を気にかけながらもあの魔導師を非難することはなく、だからといって僕があの魔導師を良く思うように誘導しようとするでもない、先生の言葉はどちらかに偏ったものではなかったけれど、それが逆に居心地が悪いとゆうか、僕は先生の波から離せずにいた目を伏せるようにそらし、どうにも落ち着かずに背中から肩の辺りをむずむずと動かしていた。

それに気付いては居るのだろうが、先生は特に何を言うでもなく、身体を正面からずらすようにして魔導人形に道を開ける。

人形の足元には大きな荷物が置かれていた。

あまり顔を上げたくはなかったけれど、人形の顔を窺うように目だけで見上げると、瞳の奥では本当は何か言いたいことがあるのだろう精霊がざわめいていたが、そのために人形の中から抜け出すこともなく一枚の紙を差し出している。

「先生宛てのようですが…」

「ええ、ですが特別構うこともないでしょう」

先生の言葉に眉を寄せたまま紙にかかれた文字を追う。

 

ーーー

 

この前話していたものをお届けします。

わざわざ披露しようとは思いませんが特別隠すつもりもないので、好きに使ってください。

他の方の目に触れても構いません。

ただ、他人に読まれる機会があるとは思っていなかったので、読むのには困らないとは思いますが、自分さえ読めればいいとゆう意味で読めない部分があるかもしれません。

そうゆう時は連絡をください。

 

これまでのものを全部、とゆうわけにもいかないので関係のありそうな部分を優先しましたが、すでに尋ねられたことについては、私が話したこと以上のことは書いていないと思います。

そのほか、もしかしたら、と全く関係の無いものや副産物的な物まで混ぜてあります。

少しでも役に立てばいいとは思いますが、あまり期待はしないでください。

 

日常的に使うものでもないので、こちらにいらしたついでに戻してもらえればと思います。

そのつもりでごゆっくり。

 

ーーー

 

文章としても解らない部分もあるし、最後に魔術師自身のものなのか水鏡の座標が書き込まれたその紙を先生がわざわざ見せた意図も解らず、それが伝わるだろう顔で先生の方を向くと、先生は

「他の魔術師が書いたもの読む機会などなかなかないでしょう? あの荷物の中はすべて彼女の書いた魔動人形に関する資料です。読書は嫌いでは無いのですから空いた時間にでも…と言ってはおきますが、それはどちらでも構いません。突然のことでなんですが、明後日から私は半月ほど家を空けます。一昨日決まったことなのですが今日まで全くいらっしゃらなかったので今お伝えしておきます。それでですね、この資料は先ほど彼女が届けに来てくれたのですが、半月の間誰もいない家に置いておくのは気になりますし、一度持ち帰っていただいてはまた手間をおかけする事にもなりますから、私が戻るまで預かっていて欲しいのです。今ご覧になった通り、私以外の目に触れることは問題ないとのことですし、ゆっくりでいいとも言ってくれていますから、お願いできればと」

と、こちらの反応を待たずにそこまで口にした。

しかもその後で"否"とは言いにくい顔でこちらを覗き込むものだから、僕は諦めたように頷いて、居間の棚の空いた一角を示す。

精霊は深く頭を下げた後で荷物をそこに運び、『よろしくお願いしますね』と先生が僕に向かって微笑んだのを見届けると早々に帰りたいのだろうか、部屋の入り口まで歩きこちらの様子をじっと見ているようだった。

「さて、私も用意がありますから今日はこれで。明日までは工房の方も開けておきますから何かあれば遠慮なくいらっしゃい」

「今日は送りませんけれど、気をつけて帰って下さいね?」

「ええ、ありがとう」

先生と精霊の入った人形を見送った後で、預かった荷物から何故か転がり落ちた拳ほどの魔石。

それを拾い上げると突然目の前の空間に細かな文字が浮かび上がり、僕は興味も無しに何となくその文字を追いはじめた。