ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

回想

ある魔術師の記憶 17

その日は陽が暮れるまで魔術師の姿を見ることもなく過ごしたが、空が完全に夜の色に染まる直前、重々しく扉が開き、食事を手にした魔術師が未だ苛立ちの残る顔を見せた。 「…足は?」 「痛みはずいぶん楽に…」 「どうゆうつもりでここに来たの?」 気圧され…

ある魔術師の記憶 16

「しばらく見てねぇが、爺はどうした?」 「もう死んでるわ。そろそろ、二十年…くらいかしら」 魔術師と獣遣いの会話が途切れたところで尋ねた小鬼は返った答えに腕を組んで宙を見上げた。 「いくつまで生きた? 流れ者としちゃ長く生きた方だろ?」 「何か…

ある魔術師の記憶 15

「…ってぇ!!!!」 痛めた足を庇うつもりで身体ごと地面に転がり声を上げた僕を冷ややかな目で見下ろした魔術師は、精霊を見上げると『何処でも良いから上に放り込んどいて』と投げかけ、僕の身体はまた宙に浮く。 「待って! 聞きたいことがあるんです!…

ある魔術師の記憶 14

岩場での出来事から小一時間後、薄ぐらい室内に点された魔石を背にした魔術師は戸口に立った僕を含めた一団を見てあからさまに顔をしかめていた。 「…何の嫌がらせ?」 戸口からすぐの場所には竜馬を引いた若い女性が一人、引かれた竜馬の背には僕が乗せられ…

ある魔術師の記憶 13

向かう魔術師の街との間には岩が張り出した山があり、隣町から先は道が二つに分かれる。 一つは山を避けた、なだらかだが距離のある道…大抵は馬車や何かを使ってこちらの道を通る…で、もう一つは半分岩に張り付くようにして登る難所はあるけれど、ほぼ最短距…

ある魔術師の記憶 12

「え、あ、いや、素敵…? ですけど…。何で…契約してたら出来ることが限られるはず…」 「契約してるなんて言った?」 「だってその姿であの人について動いているんじゃ…」 「別に契約してなくたってそれくらいしても構わないでしょう? まぁ、契約はしてなく…

ある魔術師の記憶 11

工房のことに関して二人はそれ以上何かを言うことはなく、『突然訪ねてごめんなさい』とだけ口にすると母達に挨拶をして帰って行った。 母達は二人が帰った後で何か言いたげだったが、こちらの様子を見て口をつぐんだらしく、そのまま僕は自室に戻り布団に潜…

ある魔術師の記憶 10

「…殴って悪かったわ。まぁ、歯が折れなかっただけ良かったと思って」 悪いと言いながら、そう思ってもいなさそうな魔術師は自分の唇を引き、歯の足りない口の中を見せた。 「さ、て、と。…荷物は近いうちに取りに行ってもらうから、そのまま預かっていて。……

ある魔術師の記憶 9

「その顔は何?」 わざわざ魔術が使えなかったなどと口にした相手に対して、自分のことを知られているのだろうか、だとすれば先生もずっと知っていたのだろうか、とぐるぐると廻る考えに僕は黙り、そうしているうちに一度は止まった涙があふれて来た。 「…う…

ある魔術師の記憶 8

人にぶつかっても足を止めず、謝りもせず。 塔を駆け降り、行き先さえ解らないままただ街から離れるように走り続けた。 自分が何を感じているのかを理解したくなくて走りながら意味もなく『…世界は光に満ちていた…光の中に力が…』と世界の成り立ちと云われる…

ある魔術師の記憶 7

人形の中の精霊はその言葉に答えることはなく、もしかしたら見間違いなのかも知れないけれど、微かに、本当に微かに微笑んだように見えた。 どこか悲しそうに、それでいて優しく…。 「…あ…っ」 "ありがとうございました"と、精霊の意思か魔術師の指示かは判…

ある魔術師の記憶 6

それから先生の葬儀の日までの事はあまり覚えていない。 二日後、街に帰った先生の遺体は一度家に安置された後で街の外れの塔へと運ばれ、慣習通り、その日の日没とともに荼毘に付された。 高い塔の上、篝火のたかれた祭壇、魔力の無いものは花や果実を手向…

ある魔術師の記憶 5

それは乱雑な覚え書きもそのままの、資料と呼ぶには粗の目立つ文字列だったが、その分その場の空気が生々しく伝わる、夥しい数の試行錯誤の記録。 読みはじめたその時には気がついていなかったが、記された文字には魔術師特有の"自分だけが解かるように創ら…

ある魔術師の記憶 4

先生が家に訪ねてきたのはそれから四日後の事。 姉に取り次がれて部屋着まま寝癖のついた髪を押さえ居間へ顔を出すと、先生の隣にどこかで見たような後ろ姿が並んでいた。 「…おやおや、ずいぶんと萎れてしまいましたね、果物ではなく精のつく物を持ってくる…

ある魔術師の記憶 3

「…人じゃない…」 逆光の中、目で追っていた先生の横に立つ姿、生き物でありながら波を立てないなんて、と思って見ていたけれど、実際はただの"くぐつ"、魔動人形にたいして"魔導"人形とも呼ばれるものだった。 ただ、それは今まで目にした中で一番人に近い…

ある魔術師の記憶 2

"普段と比べて"だから初めて見た相手では判断できないのだけれど、"波"は調子がいいと色が濃くなったり見える範囲が広くなったりする。 反対に調子が悪いと色は薄く範囲は狭くなるの傾向があるのだけれど、過去に人はもちろん、魔獣や何かを含めてもまったく…

ある魔術師の記憶 1

昔から、生き物の周りに出る"波"を見ているのが好きだ。 身体の周りで揺らぐその波は発する者によってそれぞれ全く違う見え方をして、色や動き、あと厚みとゆうのか距離とゆうのかは解らないがそれも、紗を一枚纏ったような者もいれば周りを大きく飲み込むよ…

レノ

「父や私達を見ればほとんどの人が驚くわ。多分それが普通。特に父の言葉は人には判らないし、私達や母だっていくつかの決めごとにそって理解してるだけ。長く住んでるとは言っても村の人たちとは一定の距離があるの」 「私達も子供の頃は喧嘩するのに足を使っ…

獣人の街 4

その日は間もなく冬を迎える街に荷物を届けに来た父親について、シャトも遊びに来ていた。 寒さは厳しくなってきていたが、いつもと変わらない穏やかな日。 シャトはオーリスと一緒にイマクーティの子供達と林の中で遊んでいた。 まだまだ体も小さく、すでに…