祈りの洞窟 18
魔獣は立ち止まるとシャトに向かって語りだす。
『我々はそう数が多い訳でも、人のそばで暮らす訳でもない。種としての名などもってはいないし、個としても、名を持つのは稀なことだ。その中でもこれは珍しい一生をおくったらしいな…。人に心を寄せ、人の為に己の命を投げ出した…だがその事に後悔をしてはいなかった…』
シャトの潤んだ瞳が、目の前の光景を映し、青く染まっている。
『お前からは懐かしい匂いがする』
シャトは魔獣を見上げ、真っ直ぐな瞳で見つめる。
「伯母から預かったのです。いつか、イロンさんに会えたら、渡してほしい、と」
リュックの中から真っ赤な布の包を取り出し、手の上でそっと開く。
そには赤黒い艶を持った、拳大の塊が乗っていた。
「これは、何なのですか?」
『そうだな…魔力を角にする為の核とでも云おうか…"それ"には周囲の魔力を寄せる力がある。…我らの魔力は結晶となりやすい…その核を失えば角にはならず、体内で結晶化し、ところを選ばず皮膚を破りいずれは全身がああなる…あれの身に起こるまで知りはしなかったがな。…魔力を寄せる性質があることは分かっていた。故にあれは、それをお前の伯母に残したのだろう』
「伯母は、これのおかげで命が助かったことも、イロンさんが残してくれた物だとゆう事も知っていました。ずっと会いたがっていた…」
いつのまにか、シャトの頬を涙が濡らしている。
『あれも、会いたがっていた…。それを自ら失った後、異変に気付いて私のもとにやって来たが、身体が段々と動かなくなり、結晶が皮膚を破り始めた頃、私によく話していた。出会ってからの事を、事細かに話すのだ。そして最後は決まって、もう一度会いたい、と。…会いたいのなら行けばいい、と言っても、この姿を見たら悲しむと、そればかりだったがな』
「私も、伯母からたくさんイロンさんの話を聞きました…触れても、構いませんか?」
魔獣はシャトを見つめ、静かに答える。
『…好きにするといい』
シャトはゆっくりと青い結晶に覆われたイロンに歩み寄り、そして、その胸に手を添える。
「何も、聞こえない…やっと、会えたのに…」
頬を流れる粒が大きくなり、シャトは手で涙を拭う。
「伯母さんは、最後まであなたの事を思っていました。ありがとう、大好きだよ、って…」
涙を流し続けるシャトにオーリスが寄り添う。
ひとしきり泣き、少し落ち着くと、シャトはシアンとカティーナに『ごめんなさい』と頭を下げる。
事情のわからない二人、シャトは二人の質問に答える形でぽつぽつと話しだした。
探して居たのは、数年前に亡くなった伯母の昔の契約獣(パートナー)だった事。
伯母がまだ若い頃、大怪我を負い命の危険にさらされた事。
それを助けたイロンの事。
「正直、私には獣遣いの事はよく分からない。けど、それ全部、シャトにとっては大切な事だったんだ?」
「はい」
獣遣いとパートナーは契約により"絆"で結ばれている。
その"絆"は互いにとって、時には抑止力(かせ)に、時には原動力(ちから)になる鎖。
この、お互いが繋がっているとゆう感覚は、獣遣い以外にはきっと解らないだろう。
獣遣いが多くを語る事はなく、また言葉で伝わるものでもない。
『さて、礼のかわりだ』
そう言うと、魔獣は泉に身を沈め、自らの角を水の刃でいくつかの塊に切り分ける。
『お前たちが集めていた石だ。好きに使うといい』
シアンとカティーナは、水が運んできたその塊と、シャトが伝える魔獣の言葉に、はたと気がく。
「泉のあれって、全部…」
呆気にとられたようにシアンは泉から上がった魔獣の顔を見上げていた。