ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

市の立つ街 1

草原と畑に囲まれた街が見える。

日の出からまだそれほど時間は経っていないが、街のあちらこちらから賑やかな声が聞こえてくる。

8番目の月、2度目の大地の日、今日は月に1度の大市が立つ日だ。

 

街の外れを、牛と同等かそれをこえる程に大きな白兎が、荷車を引いて、ゆったりと歩を進めている。

傍にはリュックを背負った黒髪の少女がひとり。

食堂を兼ねた宿屋の裏木戸を、慣れた様子で開き、少女は白兎を伴って庭に入る。

庭に面した出入り口から厨房を覗き込む少女に気付き、女将が笑顔で声をかける。

「シャトちゃん、おはよう」

シャトと呼ばれた少女は小さく頭を下げ、

「おはようございます、忙しい時にごめんなさい」

と笑顔を返す。

「それはいいんだけど、荷物下ろすの一人で平気? 手が空いてるのが居なくて…」

女将は言いながら朝食を求める客で溢れた食堂と厨房を改めて見渡し、『稼ぎ時ではあるんだけどねぇ』とため息をついた。

「大丈夫です。荷物、いつもの所でいいですか?」

「えぇ、お願い。終わったら声かけて…オーリス、あとで果物持ってくるから、よろしくね」

荷車を引いた白兎が女将の声にヴヴヴ、と鼻を鳴らして応えた。

シャトは女将に向かって再び小さく頭を下げると、くるりと振り向いて白兎を呼ぶ。

「オーリス、おいで」

荷車を厨房の隣の物置の側まで引いてきたオーリスをひと撫ですると、シャトは荷車とオーリスを繋ぐベルトを外し、負っていたリュックを傍らに置いて荷物を下ろし始める。

荷車には穀物の入った袋と野菜や果実を入れた木箱がいっぱいに載っているが、慣れているのか、どちらかといえば華奢な身体付きにも関わらず、次々に荷を下ろしていく。

荷車のそばに座わり、時々前足を使って、袋や箱を下ろし易い位置へと器用に動かすオーリスに、シャトは笑顔を向けている。

熱を帯び始めた空気に上気した頬を、どこからともなくふく風が優しく撫でる。

最後の荷物を下ろすと、シャトは空になった荷台に物置の端に寄せてあった空いた袋や箱を積み、ふぅと一息つきながら額に浮かぶ汗を拭った。

「シャトちゃんお疲れ様ー」

厨房の出入り口から大きなフライパンを持った宿の主人が姿を見せる。

「朝ご飯食べていくかい?」

「ありがとうございます、でも食べてきましたから」

「そっか、じゃあ帰りに何か持ってくといいよ、用意しておくから」

にかっと歯を見せて笑うと主人はまだ慌ただしさの残る厨房に戻り、入れ替わりに女将がやってくる。

「お疲れ様、暑かったでしょう」

女将はそう言うと物置の中を簡単に確認して、エプロンから数枚の硬貨を取り出しシャトに渡すと、『座って待ってて』と言って厨房に戻っていく。

シャトは庭の端に据え付けられた椅子に座り、傍に座ったオーリスの鼻先を撫でた。

飾り気の無いワンピースの裾と、額にかかる前髪を風が揺らす。

「お待たせー」

女将はお盆に、なみなみと飲み物の入った2つのグラスと、大きなボールいっぱいのみずみずしい果物を載せてやってくる。

グラスについた雫が、飲み物の冷たさを教えていた。

「私の休憩に付き合ってねー」

といたずらっぽく笑うと、女将は小さなテーブルにお盆をおろし、オーリスの前にボールごと果物を置き、シャトにグラスの1つを手渡すと隣の椅子に座って、ふ、ぁー、とあくび混じりに伸びをした。