ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

市の立つ街 2

『ありがとうございます』と言いながら受け取ったグラスの冷たさに目を細め、シャトはグラスに頬を寄せる。

「よく冷えてるわよ」

「あ、すみません…いただきます」

ちょっと困ったように微笑むシャトの声に合わせてまるで挨拶をするようにオーリスが頭を下げる。

その様子を見て女将も微笑み、自らもグラスに口をつける。

グラスの中の透き通った赤紫色の液体は、微かな芳香を放ち、程よい酸味と優しい甘さで体にしみていく。

ファタナとゆうりんごに似た果実と香辛料を、氷砂糖と一緒に漬け込んだシロップ、それを水で割り、酸味の強い柑橘の果汁と合わせた自家製のジュース。

グラスを視線の先に掲げて、女将は言う。

「こう暑いと冷たい物がよく出るの、1人くらい水の力の使える子を雇いたいところね」

そして自分の茶色みがかった赤い髪に触れ、言葉を続ける。

「飯屋としてはこれも大事なんだけどね」

女将の赤い髪は炎の魔力を使える証、それとあわせて光の力を表す金色と黄色の混ざったような瞳を持っている。

生まれ持った色、髪や瞳に、人は魔力の適性を知る。

中にはシャトの黒髪と灰色の瞳の様に、"色"を持たない者がいる。

それは魔力の適性がないとゆう事、魔力を扱えないとゆう証だ。

 

ノクイアケスでは、魔力が生活の基盤のようになっている。

人間ならば、力の強弱はあるにしても、10人居れば7〜8人は何らかの魔力を扱える為、それに寄った生活の形が出来上がった。

自分の意思でそれぞれの力を使う事はもちろん、目的ごとに魔術式を施した鉱物に魔力を込める事で魔石とし、一種の道具として扱っている。

明かりや熱源、冷却器、様々な形で生活の中に魔石を組み込んだ道具が見受けられる。

 

魔道具と呼ばれるそれらは、エネルギー源として魔力を消費する為、使用に合わせて魔力を込め直す必要はあったけれど、助け合いや物々交換を経て、もうずいぶん前から魔力そのものが魔術を生業とする者によって貨幣を対価にした一種の商品になっている。

そうゆう背景もあり、魔力を扱えない者たちでも簡単に魔力の、言い換えるなら文明の恩恵を受けられる物として魔道具は重宝されている。

 

シャトは冷たいグラスに視線を落とし、『便利ですよね…』と呟いた。

「そうね、便利。魔道具は子供の頃から当たり前だったけど、でも、私は池から切り出した氷とか、薪を燃やして作ったご飯が好き。特別な時しか使わないけど、ああして薪を用意してる。変わり者って思われてるわ」

女将は裏木戸の近くに積み上げられた薪と、玉切りのまま転がっている木を眺めて、『今年は忙しくて割らないじゃったのよね。乾いたら大変なのに』と口を曲げている。

オーリスとシャトも同じ方に視線を向けていた。

 

街から聞こえる賑わいを裂くように、タンッ、タンタンッ、と乾いた音が響く。

「あら、花火が上がった…もうそんな時間なのね」

市の開始を告げる合図の花火だった。

女将は残りのジュースを一気に飲み干し立ち上がる。

「さぁ、シャトちゃんも買い物あるんでしょう? その間に魔力入れておいて上げるから、炎でも光でも魔石出していって!!」

「えっ、いえ、大丈夫です、悪いです」

「いいのよ。そのかわり、お使い頼まれて」

シャトは目を丸くしたあと、ふっと笑って頷いた。