市の立つ街 3
シャトはいくつかの魔石を女将に渡し、リュックから大きな肩掛けの袋と細かい文字の並んだメモを取り出した。
リュックを荷車に置くとオーリスのそばまで寄って『今日は一緒に行けないから、いい子で待っててね』と抱きしめる。
「これ、お願いね」
女将から頼まれたのは届け物といくつかの買い物。荷物とメモとお金を預かり、袋の中にしっかりとしまう。
「戻るまでオーリスのことお願いします」
シャトは深く頭を下げると、『じゃあいってきますね』と厨房を抜けて賑やかな街に出かけていった。
夏の強い日差しが雲ひとつない空からそそいでいる。
「オーリス、ちび等が起きてきたら遊んであげてくれる?」
オーリスは、頷くように頭を下げ、それに続いて鼻先を玉切りのままの薪にむけてヴヴヴと鳴らす。
「ん、なぁに?」
まるで手品のように、ふわっと浮かび上がった薪を見て、女将は笑う。
「手伝ってくれるの? のんびりしてていいのよ?」
オーリスは頭を空に向けて任せなさいと言わんばかりに胸を張る。
「わかったわかった、お願いするわ」
女将はそう言うと、オーリスを撫で、ひらひらと手を振りながら厨房に戻って行った。
人混みを縫うようにしながら、シャトはメモを見返す。
女将に頼まれたのは香油を2瓶と石鹸とベリーの入った揚げ菓子と香辛料が3種類。
その他に家で必要なもの、友人から頼まれたもの、お茶の葉やお菓子や布、糸、針、ナイフにこの辺りでは取れない果実の砂糖漬け…1度戻らないと買いきれないかなと思いながら、シャトは目当ての物を見つける度、ひとつ、またひとつと買い物を済ませていく。
市には毎月やって来る行商人も居れば、ずっと旅を続けていて、年に一度だけやって来るとゆう者も居る。
大通りから外れれば地面にござや布を敷いただけの簡素な露店も出ているし、近くから野菜や果物を売りに来ている農夫の姿もある。
手に入らないものはない、と云われるこの市には人だけじゃなく、獣人や亜人も集まり、そしてその中でも普段ならば人間の街を避けている様な人嫌いの種族さえ稀に現れる。
人が集まれば喧嘩やいざこざも起こるが、ここでは大抵はすぐに丸くおさまる。
そうゆう雰囲気が明るい賑わいの中に流れている。
袋が半分ほど膨らんだところで、シャトはメモにかかれた荷物の届け先の地図を確認した。
『その先の角を曲がって…』と呟きながら路地に入ったシャトは、ふと目についた露店の前で足を止める。
手の平にのる程の大きさの透き通った青い石が並んでいる。花や街並み、鳥など、いろんな模様が刻まれたそれをしばらく見つめて、シャトは露店の主に何かを熱心に聞いているようだった。
最終的にその石を3つ買い、主に礼を言って、シャトはその場を離れた。
心なしか足早に荷物を届け、どことなくうわの空で残りの買い物を済ませていく。
パンパンになった袋からは、零れ落ちそうなほどに荷物がはみ出している。
両手に揚げ菓子を抱えて、早足に、人波がきれると走り出し、宿屋についた頃には息が上がっていた。
「あの、これ、と、あと、荷物、お願い、します」
シャトは女将に揚げ菓子を渡し庭に出ると、袋を荷車に乗せると同時にリュックを掴み、子供達に囲まれたオーリスに駆け寄って身軽そうにその背にとび乗る。
その瞬間オーリスは駆け出し、木戸を跳び越えてゆく。
肩越しに『ごめんね』と言い残したシャトの姿は、女将が様子を見に出てきた時には既に見えなくなっていた。