ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

眼鏡

シアンが戻り、しばらく三人で話をしていたが、欠伸を噛み殺すシアンとカティーナが休む用意を始めた辺りで今度はシャトがお風呂へと向かって行った。

誰もいない風呂場の前にオーリスがやって来て、シャトが中へと入るとまるで見張りでもするかのように入り口の前で座り込む。

元々団員がお風呂を使う時間ではないのだから、そんな見張りも要らないのだろうが、近くを通る団員の多くはそれを見て"今は使えない"とゆうよりもシャトがお風呂を使っていることを理解しているようだった。

 

シャトは目が悪いとゆうことはないらしかったが、眠っているとき以外はほとんど外すことのない眼鏡を外し、服を脱いでいく。

衿元から覗いていた真っ赤な肩紐はワンピースの下に着たキャミソールのような下着のもので、それ以外に身体を締め付けるようなものは身につけていない。

キャミソールと同じ布なのか、太もも丈のゆったりとしたスカート下も艶があり柔らかで、腰のところで紐が緩く締められている。

北からの帰りだけはズボンをはいていたが、普段のワンピース姿と、下着もゆったりとしたものだけを身につけていることを考えると、窮屈なものは好まないのだろう。

白い肌に映えた赤い色が柔らかな曲線を描き、ちらと脇腹が見えかけたところで、不意に名を呼ばれシャトはびくっと身体を強張らせた。

「シャトー? さっきお湯ぬるくなってたんだけど私そのまま入っちゃったんだよー、少し沸かすー?」

声の主はシアンだったが、オーリスが通さないらしく幕の外で声をあげている。

シャトは脱ぎかけたキャミソールから手を離し、気を落ち着けるようにゆっくりと呼吸を繰り返してから『大丈夫です…』と答えたが、何か言われたことは解ったものの、聞き取れなかったシアンは『何ー?』と大きな声で聞き返した。

シャトはワンピースに袖を通し、入り口まで行くと、ふぅと息を吐いて口を覆うように自分の頬に触れる。

そしてひょっと顔を出し、

「ぬるいほうが好みなので大丈夫です。わざわざすみません」

とどこか硬さが残った顔で微笑んだ。

「あ…うん。ごめん、じゃ先休むよ?」

「はい。おやすみなさい。…ありがとうございました」

「いや、うん。おやすみ」

シアンは眼鏡をとったシャトの顔を見て、何故か酔いのせいとは別に少し惚けた顔になり、言葉を返すとそのまま戻っていく。

首を傾げたシャトは落ちた前髪をかきあげるようにこめかみにてをやる。

そして、指先に眼鏡が触れなかったことで、はっとしたように目を見開き、そのあとで、吐き気を堪えるかのように口元を押さえてたかと思うと俯き目を閉じてへたり込むように身体をしかれた簀の子にあずけた。

手を離したことで入り口も閉まり、オーリスからは一度シャトの姿が見えなくなったが、その場にだけ吹いた風が再び入り口を開く。

オーリスが何かを言ったらしく、シャトは口元から手を離すと傍に屈み込んだオーリスを強く抱きしめた。

「大丈夫。…大丈夫」

シャトの目にも顔にも特別な事はなさそうだったが、オーリスを抱きしめたシャトは俯いたまましばらく動かず、改めて動き出した時には湯舟の中は水と変わらない温度になっていた。