シャトと傭兵団
お風呂用の幕は大きく、脱衣所に当たる部分は一応仕切られているし、簀の子を敷いた洗い場と、防水布の湯舟もそれぞれ複数人で入ることを前提とした大きさがある。
お湯は焼いた石を入れて沸かすらしく、湯舟の端に石の入った籠があったが、カティーナと入れ代わりで風呂場へと来たシアンが肩から被ったお湯は少しぬるくなっていた。
一人で入るには大きすぎる湯舟でぬるくなった湯に浸かり、シアンはぼそっと自分に向かって『何してんだろ…』と呟いた。
シャトと二人で何かを話していたらしいグドラマは、ごつごつとした手をシャトの頭に乗せゆっくりと何度も頷いている。
「そんなことは考えていないのだと思っていたが…そうかい」
「父や母はそうするべきだと、ずっと」
「無理はしていないかい?」
「…決めたのは、私です」
「そうかい…」
「あの…トクラにはしばらく…」
「わかっているよ。生まれ持ったものとはいえ、すまないね」
「いえ、大切に思ってくれているのは解っていますから」
グドラマは一度離したてをもう一度シャトの頭に置き、すっと撫でると目を細め、少しだけで悲しそうな顔をした。
それからしばらく、傭兵団のことや家のこと、オーリスや他の魔獣達のことを話し、シャトは話が途切れたところでグドラマの幕を後にし、自分たちに与えられた幕へと戻る。
「お帰りなさい」
シャトを迎えたカティーナはそこにあったものなのか本を手にしていた。
「それ、獣遣いの物語ですね」
「棚にある中から目に付いたものを勝手にお借りしていたのですが、まだ私には難しいようです」
シャトはカティーナが閉じた本を借り受けると、ぺらぺらとめくっていく。
「読まれたことがありますか?」
「ええ、獣遣いを扱ったものの中では事実に近い事がかかれているので、傭兵団に居た頃にこうゆうこともあると知っておくようにと」
「教材とゆう事ですか?」
「そうですね、そのようなものです。カティーナさん、ここ、読めますか? 最初の言葉は"獣遣い"ですが…」
「えっと…獣遣いは壁を…造る、仕事を受けとった?」
「仕事を受けおった、ですね。ここからしばらく大きな壁を造る話が続くのですが、この壁とゆうのはマチルダさん達の街の周囲に実際にある壁のことだそうですよ。多くは作られた物語ですが、いくつか史実も含まれているんです」
「他にも?」
「えっと、こことか…」
カティーナは再びシャトの手の中の本を覗き込み、文字を追っていく。
「何か、に襲われること…? は命を危なくする、と、伝え聞かせることが一番、必要と…?」
「代々受け継がれてきたが」
「この時、私たち、初めてその様を目に、映した」
「狂獣に襲われることが命に拘わる、と伝え聞かせることが、一番重要だと代々受け継がれてきたが、この時初めて私達はその様を目にした」
「その様…とゆうのは?」
「これを書いた方は長く獣遣いと共に旅をしていたそうですが、その中で、獣遣いが狂気にのまれる様子を見たそうです。その一部始終が事細かく…他の方々より精神といったものへの影響を強く受けるらしく、狂獣との接触があった者は人ではなくなると」
「…それは…」
「割と暗い話が多いんです。でも、必要なことですから」
カティーナはそう言って微笑んだシャトに、何を思ったのか『傭兵団はお嫌いですか?』と尋ねた。
「…。嫌い、では、ありません。でも、好きにはなれないとゆうのが本心です」
「何故ですか?」
「私も生き物達の力を生活のために借りますが、ここではもっと危ない事を任せます。イーコニのなかに魔獣を道具のように扱う者は居ない、と、信じていますが、どうしても…」
普段なら濁すだろう答えだったが、グドラマと話したからか、それとも本の影響か、悲しげな笑みを浮かべ、ぱたんと音を立てて本を閉じたシャトはそう言ってカティーナに背を向けた。