ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

狂気のこと

シャトはこの場で話をすれば魔獣達にも伝わるからなのか、魔獣の顔を覗き込むと微笑み、その身体をいたわりながら静かに口を開いた。

「家にいらした時、たしか少し話がでましたよね。狂気に呑まれる者が増え、世界の秩序が崩れやすくなっている、とゆう話も出たでしょうか…」

「ええ、お聞きしたと思います」

「世界の秩序が崩れる…とゆうのがどうゆうことなのか、それに関して確かなことは分かりません。ただ、嵐に乗って外から流れ着いた者、嵐に長時間晒された者の多くは狂気に呑まれています。理性を失い本能のままに行動するように…」

シャトは一度言葉を切ったが、小さく鳴いた魔獣を撫でると、言葉を選びながら話を続ける。

「その身に残った魔力が続く限り動き続けるのだそうですが、その向かう先にはこの世界の生きる者達が居るのだと…。その理由といわれるのが"子"です」

「こ?」

「赤ん坊です、子を成す事が目的なのだろうといわれているのです。…流れ着いた者が何者であるかは重要ではありません、この世界では種族を越えて子を成すとゆう事はないようですが、狂気に呑まれた者の多くは肉体にも変化が起きるのか、相手の種族を選ばず子を成すそうです。この世界の者が母であれば、意識があろうとなかろうとその種族に、その身体に適応した期間子を宿して産み落とします。狂気に呑まれた者が母になった場合、海の魔力に侵された身体の中で私達の常識では考えられない早さで育ちます。そしてその子の継いだ血と同じ種族の中で一番幼い者、多くは赤ん坊だそうですが…その子を殺し、その代わりのように自分の子を産み落とすのだとゆうことです」

黙ったままのカティーナを振り返ることもなく、シャトは更に続けた。

「子の事を別にしても狂気に呑まれた者に触れれば、程度の差は有るとしてもまず間違いなく精神とでも言ったものに影響が出ます。自身を、そして周囲のものを傷付ける、理由無く"壊す事"に固執する、他にも周りへと被害が及びます。狂気に呑まれた者が近付いていると判ればそれなりの対応が必要になるのです。…私達獣遣いは、手出しをすることも出来ませんけれど…」

シャトは傭兵団の陣でカティーナと一緒に読んだ本のことに触れると、そこで口を閉ざし、血の止まった魔獣に軟膏を塗りはじめる。

ティーナもそれに続いて血が止まっていることを確認し、シャトに渡された瓶から軟膏をすくい取って目の前の背中に塗っているが、今の話とシャト家で聞いた話を繋げることでレノ達がどうゆう存在なのかに気がついたのか、三人の姿を思い描いているらしくその動きはどこか上の空のようだった。

「これでいいわ」

シャトの声に我に返ったカティーナは手を進めるが、途中からはシャトも一緒になり、魔獣の広い背中に二人で包帯を巻いていく。

「この方達、これからどうなさるんですか…?」

「カティーナさんとシアンさんが嫌でなければ、傷が癒えるまでは一緒に動けたらと思います」

包帯の端を始末したシャトは血がこびりついた顔のまま魔獣達に笑顔を向けると辺りを片付け、その最後に砂に突き刺してあった剣を引き抜いたが、何故かその剣の刃には全く血が付いてはおらず、カティーナはそのことに違和感を覚えたらしく、はて、とひとり首をひねっていた。