ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

獣人の街 5

海獣のいる海にねぇ…二人ともよく生きてたな」

「はっきり覚えてはいないんですけれど、シャトさんが海の中で海獣に向かって何か言ってたんです」

「海の中で?」

タドリは頷き笑顔を見せる。

「誰も信じてくれないんですけどね!」

「…それで、暴れてた海獣はどうしたの?」

「わかりません。シャトさんもレイナンさんも誰に聞かれてもそのことは一切話さなかったらしいですから」

シアンは海獣の血で赤く染まった海に飛び込む子供の姿を想像し、以前見たシャトの後ろ姿を重ね、

「危なっかしいな…」

と呟いた。

そんなシアンを見下ろし、タドリはなぜかそわそわしている。

「あの…つい話しちゃいましたけど、今の話を聞いたことシャトさんには…街の皆は大きな被害にならずに済んだのはシャトさんのおかげだって言って感謝してましたし、僕もシャトさんが助けてくれたって思ってます。でも、シャトさんは僕が落ちたのは自分のせいだって、危ない目に合わせたって思ってたみたいだから…」

「ん? あぁ、気をつける」

いつの間にか海は目の前で、砂浜には漁から戻ったばかりなのか、舟から魚を下ろしているイマクーティ達の姿があちこちに見えている。

それに気づいたシアンは気分を切り替えようとしたのか走り出し、街からは一段低くなっている浜へと飛び降りると舟に駆け寄った。

「おねーさん、その魚おねーさんがとったの?」

シアンの声に振り返ったイマクーティは、

「なんだいあんた?」

と訝しげな声をだしたが、胸元の首飾りが目に入ると首を傾げてシアンを眺める。

「ヒニャさん、その人シャトさんのお知り合いです」

シアンを追ってきたタドリが紹介すると、ヒニャと呼ばれたイマクーティは納得したように頷いた。

「あぁ、それでか。シャトちゃんが来たんだね…まったく長老達も何考えてるんだか…。それで、あんた、魚がどうしたって?」

「少し譲って貰えないかなと思って。山の南のお金って使える?」

「…あんた、魚食べるのかい?」

そう聞いたヒニャとタドリの驚いたような戸惑ったような顔は、さすがにシアンでも読み取れたが、二人が何に対してそんな顔をしているのかが判らなかった。

「魚くらい食べるだろ?」

シアンの言葉にタドリが何かを言おうとしたが、ヒニャに小突かれて口を噤む。

シアンは眉を寄せて首をひねり、二人を交互に見るが、ヒニャは何もなかったかのように、

「南の金は使えるけど、シャトちゃんの連れなら一匹や二匹ただでいいさ。好きなの選びな」

と、魚の入った籠を差し出した。

しかしシアンはそれに反応することなく、何か少しでも話せとゆうことなのか、タドリの顔をじっと見つづけている。

その一方でタドリはその視線を避けようとしてきゅっと目を閉じ、ゆっくりと顔を背けていった。

ヒニャはその様子を見て呆れたようにため息をつき、助け舟を出す。

「なんだい、要らないなら全部片付けちまうよ?」

「え、あ、いるいる!」

ヒニャの声にシアンはタドリのことは忘れることにして、

「捕れたばかりなら生でも食べられるよな?」

と籠の中を覗き込んだ。

身の張った新鮮な魚ばかりのようだったが、ヒニャは眉間にしわを寄せる。

「今の魚を生で食べるのは止めたほうがいいよ、何食ってるか分かったもんじゃない。食べるなら腸抜いてよく洗って、そんで火を通すんだね、そこの樽の水つかっていいからさ」

「何食ってるか分からないって、なんで?」

「シャトちゃんと来たなら少しくらい話聞いてるだろ? 北でおかしな事が起きてるんだ、気をつけるに越したことはないよ」

ヒニャの言葉にシアンは仕方ないかとゆう顔をし、ローブを脱ぐとナイフを取りだし、適当に魚を選んだ。

タドリは一歩離れたところでしゃがみ込んでいるが、シアンはもう気にしていない。

「おねーさん、お金ほんとにいいの?」

「気になるんならそこに転がってる魔石に力入れてっとくれ、ここじゃそっちの方が値が張るけどね」

「よし、じゃあ遠慮なく。おねーさん、ありがと」

シアンは器用に魚を捌くと、ナイフを串がわりにして身を刺し、自分の魔力で起こした炎で炙りはじめる。

それまでは距離をとって眺めていたイマクーティ達が、ヒニャとのやりとりを見ていたらしく集まってくると、シアンを囲むようにして、なんだかんだと好き勝手に話をしだす。

「干し肉くらいしかないけど家の魔石もお願いできないかね?」

「あの魔術師ときたら私等のこと馬鹿だと思ってやがるから」

「自分達で魔力が使えたらあんなのに頼らなくて済むんだけどねぇ」

「お嬢ちゃんはきどらないからいいや」

「ねー、まったく偉そうに。ちょっと魔力が使えるからって何様のつもりなんだか!」

シアンはその話を聞きながら、ずいぶんな嫌われ者が居たもんだ、と程よく焼き目のついた魚を頬張っていた。