魔神の棲む山 4
それから三十分程歩き、シャトの家が見えてきた。
イクトゥ・カクナスからは緩やかな山道を歩くこと二時間とゆう所だろうか。
山あいにしては開けた土地に草原と畑が広がり、西の端、森からすぐの所に大小いくつもの建物が並んでいる。
一番奥の建物から姿を見せた一人の女性が、『誰かしら?』といった様子でシャトと共に歩くシアンたちを眺めている。
「母です」
緩やかに波打つ長い黒髪が日差しを受けて輝いている。
まだ距離はあるが、頭を下げたシアン達に笑顔を見せ、家を指差し何かを言っているらしかった。
「たぶん、寄ってくれるのか、と、聞いているんだと思います」
シャトがそう言って手を振ろうとしたが、その前にシャトの母親は家の中に戻ってしまう。
「突然来て、やっぱり迷惑だったか?」
「いえ、母は誰かが訪ねてくれるの、嬉しいんです。人はあまり来ませんから」
カティーナはあたりを見回し、人の姿が見えない事が気になったのか、
「ここには何人くらい暮らしているんですか?」
と、尋ねた。
「私と両親、大叔父夫妻、それから母の従姉と男の子が一人…で、今は七人ですね」
シャトの答えに、カティーナはシアンを見る。
「またですか?」
「え、いや、私が勘違いしてただけ! ここはシャトの家族しかいない、って私もさっき聞いたんだよ」
シャトは二人のやり取りから何があったのかを察したらしく、少し悩みながらも口を開く。
「カティーナさん、獣遣いが傭兵として行動するのは珍しいことではありません。それに、傭兵団の拠点は村と言ってもいい規模のことも多いんですよ?」
「完全に日頃の行いのせいだけど、信用無いのな…」
シアンは『あーぁ』と言ってしょげたふりをして見せた。
「信用はしています。信用しているから騙されるのでしょう?」
その真っ直ぐな言葉にぽかんとしたままのシアンを見て、カティーナはシャトに尋ねる。
「私は何か変なことを言いましたか?」
「いいえ、何も」
シャトは笑顔を見せ、シアンは"ばつが悪い"といった顔をあさっての方へとむけ、その様子に首を傾げるカティーナにオーリスがすり寄った。
「なんですか?」
「あ、オーリスはある程度人の言葉が分かるんです、今のやり取りが面白かったみたいですね」
「貴方は私よりものが分かるんですね」
カティーナはそう言ってオーリスを撫でると、オーリスもお返しとばかりにカティーナの頭に前足の先でちょんちょんと触れる。
「あ、オーリス。だめ…」
「構いませんよ。ありがとう」
カティーナはシャトとオーリスに向かって順番に笑いかけた。
家まですぐ、とゆうところまで来ると、シャトの母親が大きな扉を開けて出迎える。
「いらっしゃい! どうぞ入って」
「突然申し訳ありません」
シアンとカティーナは頭を下げ、それぞれに名乗る。
「シアンといいます。先日シャトさんにお世話になりまして、今日はそのお礼に伺わせていただきました」
「カティーナです。お邪魔させていただきます」
「まぁ、ご丁寧に。シャトの母のクラーナです」
そう言って笑うクラーナの、少し下がった眉と口元が、シャトとよく似ている。
「どちらかと言えばお世話になったのは私の方です。何もありませんが、どうぞ」
奥に通されたシアンは、テーブルの上の籠に山のように盛られたファタナに気付き、シャトとカティーナの顔を見る。
シャトは気を使っているのか微笑むだけで何も言わず、冗談に疎いカティーナが何かを言う事もない。
「なんか言って…からかってくれていいんだよ!?」
クラーナは少し驚いた顔をするが、にっこり笑ってそこから始まった三人のやり取りを眺めていた。