魔神の棲む山 5
「お茶いただいたの」
ファタナの話が一段落すると、シャトはそう言って抱えていた籠から包を取り上げる。
「これ、置いてきちゃうから、お願いしてもいい?」
「はい、行ってらっしゃい」
シャトは二人に椅子をすすめ、小さくお辞儀をして籠を抱え直すと、裏口から外へと出ていった。
すぐそばのキッチンでは、すでにやかんから湯気が上がっている。
「新しいお客様なんて、ずいぶん久しぶり…訪ねてきてくださってありがとう」
クラーナは心からそう言って二人に笑いかけ、小さな焼き菓子を棚から出すと、テーブルの上に用意されていた木皿に取り分けていく。
「お口に合うかわからないけど、よければ」
「いえ、どうかお構いなく」
シアンが普段の話し方とはうってかわってそつのない対応をする隣で、カティーナはその空間に溶け込んだかの様にゆったりと窓の外を眺めている。
「あなた達よね、この前、イロンに会った時に一緒だった人って?」
クラーナはお茶を淹れながら二人に尋ねた。
「はい。珍しい経験をさせて頂きました…」
「あまり詳しくは話してくれなかったのだけど、オーリスが懐いてたって…ここに住んでいると、人と出会う機会もそう多い訳じゃないから、良かったなと思っていたの」
「こちらこそ…。あの、少しお聞きしても構いませんか?」
クラーナは目でどうぞと応え、三人分のお茶を運んできた。
「どうして、村から離れた場所で生活を…?」
「どうぞ、冷めないうちに。…イクトゥ・カクナスは分かる? あの村、元々はこの辺りにあったのよ。シャトが4つか5つの頃まで。今年18だから…」
クラーナが『15年近く前になるのね』と言うのと『18?』とシアンが聞き返すのが重なって、お互いが相手に"続けてください"と仕草で譲り合う。
「すみません、シャトさんはもっと年下なのかと思っていたもので…。年の割にしっかりしているな、とは感じていたんですが…」
「シアン、さん、だったわね? お年は?」
「今年20歳になりました」
「そう。ずっと旅をしているの?」
「そろそろ2年…になります」
そこまで答えた所でシャトが戻ってきた。
クラーナはシアンに笑顔を向けて話を切り、木製のカップに口をつける。
「いい香り」
それから振り向き、『シャトの分も淹れるわね』と席を立つ。
シアンは質問の答えを聞きそびれた事には気付いていたが、改めて聞くことはせず、薬草茶を飲み始めた。
「すてきな森ですね」
話が切れた事で口を開く気になったのか、カティーナはその一言を誰に言うでもなく、優しく、しかしはっきりと声にした。
カップを持ったシアンも、椅子に手をかけたシャトも、お茶を淹れているクラーナも、その声に窓へと顔を向ける。
心なしかゆったりとすぎる時間に、薬草茶の香りを運ぶ湯気が漂っている。
「私達は、この森を守る為にここに居るのよ?」
しばしの空白のあと、クラーナは静かにそう言って、シアンとカティーナに笑いかけた。