魔神の棲む山 1
周囲を山と森に囲まれた西の高地。
日差しは強いものの、時々吹く涼しい風に、夏の終わりを感じ始める頃だ。
9番目の月が間もなく終わる。
籠いっぱいの薬草を抱えたシャトが、楽しそうにじゃれ合う数頭の動物と共に歩いている。
「おーい! シャトー!!」
呼び声に振り向くと、大きく手を振りながらこちらに歩いてくる若い女の姿が目に入った。
シャトは驚いたように目を大きくして女を見つめている。
女は少し足を早めてシャトの元へとやってきた。
「覚えてる?」
「…シアンさん…え、どうして…?」
「イクトゥ・カクナスの生まれだって言ってたでしょ? 会いに来たんだ。カティーナも一緒だよ、たぶんそのうち来る」
シャトはまだ目をぱちくりさせて状況を飲み込めていない様子だったが、シアンは笑顔を見せ、紐で簡単に巻かれた包を差し出した。
「これお土産、と言っても大したものじゃないんだけど…」
シアンはシャトの持つ籠の中の薬草を見ながら続ける。
「お茶に出来る様な薬草がいろいろ…」
しかし、自分で我慢できなくなったのか、『完全にはずしたな!』と笑いだす。
シャトはつられたように笑顔を見せ、
「嬉しいです」
と柔らかな声で言った。
「ならよかった。あ…突然訪ねてきて、申し訳ない」
シアンは挨拶がまだだった事を思い出し頭を下げる。
「いえ、構いません。あ…でも、驚きました」
シアンと話し始めたシャトをよそに、周りに居た動物達は元々向かっていた方へ、気ままに歩いていく。
「あれ、いいの?」
「大丈夫です。この辺りはあまり危ないことも無いですから」
シャトは微笑み、何かに気づいたのか空を見上げる。
二人の上空を影が通り過ぎた。
鷹や鷲に似た姿だが、それとは比べ物にならないほどに大きな鳥が、高い空を飛んでいく。
シャトが後ろ姿に手を振ると、その背から手が振り返された。
「あれって、南の方の山に住んでるやつだよな?」
シャトは頷き、籠を抱え直す。
「今の…えっと、背に乗ってたのも、お仲間?」
「仲間…? 手を振っていたのは父ですけれど」
シアンの質問に答えながら、シャトは首を傾げている。
「あー、いや、闘い慣れてるみたいだったし、傭兵団か何かに入ってるのかと思ってて…。傭兵団なら動き回ってるし、イクトゥ・カクナスに来ても会えないかも、って話してたんだけど、聞いたら少し先に住んでるって事だったから…拠点でもあるのかと」
「あぁ、それで…。…この先に住んでるのは私の親族だけですよ…。…あ、折角です、家までいらしてください。頂いたこれ、淹れますから」
かすかに表情が曇ったように見えたシャトだが、籠の上に乗せた包に触れながら、そう言って微笑む。
シャトとシアンが連れ立って歩きだすと、後ろから呼び止める声が聞こえた。
「シアンさん!」
「あー、カティーナ、遅かったなぁ」
振り向いたシアンは至って普通に声をかけるが、カティーナは少し眉を寄せ、深いため息をつく。
息が上がっているとゆう程ではないが、どうやら走って来たようだった。
「貴方を探していたから遅れたんです。まさか一人で先に行ってしまうとは思いませんでしたから」
「…へ? 言わなかったっけ…?」
「聞いていません」
カティーナはそれだけ答えると、首筋にかかる髪を指先ではらい、シャトに向き直った。