ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

北の街へ 2

それまで誰も口を開かなかったが、森を抜け視界が開けるとシアンが先を行くシャトに聞こえるように大きな声で尋ねる。

「あの山、越えるのか?」

「いいえ、山を越えることは出来ないんです。山全体が竜の巣ですから、侵せば無事ではすみません」

肩越しに答えたシャトの言葉にシアンとカティーナは顔を見合わせ、山を見上げた。

辺りに竜の姿は無いが、竜の巣と聞いたせいか、より険しく見えてくる。

「じゃあ、どうやって北へ?」

「山の麓に洞窟があるんですが、山の向こうまで続いているのでそこを抜けます」

「また洞窟か…どれくらいかかる?」

「その子達は麓までですから、洞窟の中を短くても六時間は歩くことになります、今夜は洞窟の中で過ごしますが?」

シャトは勢いよく走るオーリスの上でしっかりと後ろを振り向き、二人の顔を見る。

二人の表情に少しでも嫌だとゆう思いが浮かぶようならば、そのままリーバとティカを家まで戻すつもりだった。

「あれだけの山を越えるのにそれで済むのか」

「シャトさんはよく北へ行かれるのですか?」

二人とも旅慣れているせいか一日歩き通しだった上にまだ歩く事にも、洞窟の中で一夜を過ごすとゆう事にも抵抗は無いようだ。

シャトは戸惑っているのか、質問に答えるまでに妙な間ができる。

「…あ…、北には時々、いえ、年に数回程度ですが行くことがあります」

「この時期でももう寒いのか?」

「ええ、洞窟につけば分かると思いますが、ずいぶん冷えてきているはずです」

西の山の向こうに沈んだ日に染められていた空も、夜の色を見せ始めている。

洞窟まではもうすぐだ。

 

オーリスが速度を落とすと、山羊達もそれに合わせ、やがて立ち止まった。

「ここから先は歩きます」

オーリスから降りたシャトは、二人が降りるのを待ってリーバとティカの名を呼んだ。

駆け寄った二頭の息は荒く、シャトは労るように二頭を撫でる。

「お疲れ様、頑張ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」

二頭はシャトに一鳴きし、シアンとカティーナにもう一鳴きすると来た道を戻り始めた。

「今の何か言ってたの?」

「行ってらっしゃい、ですって…」

そう言って二頭を見送り、シャトは『洞窟の中で食べるよりはいいかな…』と呟くと、一度空を見上げ耳を済ませる。

空には何者の影もなく、辺りは静かだ。

「ここで夕食にしてしまいましょう」

シャトはリュックから魔石を取り出すと辺りを照らし、二人を促し手近な石に腰を下ろした。

ずいぶん風化してはいるが、人の手が加えられたような石があちこちに転がっている。

「この辺り、もともと何か在ったのか?」

シアンもカティーナも適当な石に腰を下ろし、荷物の中からクラーナの待たせてくれた包みを取り出している。

「イクトゥ・カクナスの名の由来になった土地だそうです。いつのことだか分かりませんけれど、ここに村があったのだとか…」

 「へぇー。名前の由来?」

「イクトゥ・カクナスは三角の土地とゆう意味です。山に挟まれて奥に行くほど狭くなりますが、ちょうど三角の頂点…」

と言ってシャトはその場からはまだ距離があるが、奥に見える崖の中腹を指差す。

「あの辺りに洞窟の入り口があります。古い時代に海を求めた住人が山の向こうを目指してもともとあった洞窟を掘り進めたんだそうですよ」

「人の手で掘られた洞窟なのですね」

ティーナもシアンも夜の闇に沈みかけた洞窟を眺め、それぞれ食事をとりはじめる。

包みの中には乾燥させた果物を混ぜ込み固く焼きしめた菓子と炒った木の実がゆうに二日分、そしてその他に一人に一つずつ丸のままのファタナが入っていた。

「こんなにたくさん…私達も食べる分くらいは持ってきているのですから、断るべきでしたね」

「気になさらずに召し上がって下さい。母はよく食べる方が好きみたいですし…」

「…大切にいただきます」

「急な事だったので保存しておける物をそのままで…飲み物が水筒一本では足りないかもしれませんね」

微笑んで頭を下げるカティーナに、そう返すと、シャトは眉を寄せて笑い、シアンは真面目な顔でファタナを見つめる。

「とりあえず一個を三つに割って分けて食べるか…?」

と荷物の中から武器とは別の刃の薄いナイフを取りだし、自分の分のファタナをほぼ三等分に切り分けた。