■
夕食の片付けを終え、いつものように結界がわりの紐を張ると、シアンを残して皆火のそばを離れ、オーリスとギークはシャトの眠っている幕のそばに身を伏せた。
「では、お先に失礼します」
「おぅ。おやすみ」
薄い雲が散っているのか、見上げた空では星が瞬き、近くの木々はさわさわと風に揺れている。
シアンはブーツとシャツを脱ぎ捨てると、砕けた細かな岩の欠片が砂のように積もった地面に素足で立ち、目を伏せながらふぅと息を吐いて全身に魔力を巡らせていく。
肌を撫でる風や微かに聞こえるオーリス達の息遣い、足の裏の砂の感触、五感を研ぎ澄ませ自分の気配を殺す、まるで狩りをする獣のように自分を周囲に溶け込ませているようだった。
「ふ、ふぇ。っしゅん!」
本人のくしゃみで集中が途切れるまでそれはずいぶんと長く続き、むずむずと鼻を擦ったシアンは自分の肌を撫でるように手の先から肩、足の先、そして腰から胸へと何かを確認するかのように手を滑らせたかと思うと周囲にいくつもの火球を掲げ、足元の弓を拾い上げて弦を張る。
張り具合を確かめるように、くんくん、と軽く、張ったばかりの弦をひいたかと思うと、何もない闇の向こうに獲物が見えているかのように視線を動かし、手早くつがえた矢を躊躇いなく放つ。
続けざまに二本、三本、と射られた矢はそれぞれが周囲の別々の木、それもすべてが木の幅をきっちり二分するかのような位置に刺さっているが、どうにもシアンには納得が行かなかったらしく、『なまってんな』と矢をつがえずに再び弓を引く。
その間も火球は鈍く光りながらシアンの周囲で燃え続けていたが、そのうちの一個を残して他のすべてがぱっと二つに割れる。
「あーあぁ。残ってるし大きさばらばらだし…何回やってもうまくいかないもんだなぁ…」
弓を引きながら、火球を一つにしては、大きさを揃えるように順に分け、いっぺんに分割し、とせわしなく動かし、果ては上空高く打ち上げて四散させる。
「やべ、燃える…」
考え無しに動いていたのか、四散させた火球が辺りに降りかかりそうになると慌てて火球を消し飛ばしたが、その一片を追った先、西の空に目を留めたシアンはゆっくりとその顔を歪ませた。
それからしばらくしてカティーナが交代に起き出した時も、シアンは片手に弓を下げた格好のまま西の空を見つめていた。
その空の一部はまるで夜明けか夕暮れかと思う程に朱に染まっている。
「いいことなんかひとつもないわ」
カティーナに気付いたシアンはそう言うと、苦々しい顔のままで射った矢を抜いて回る。
「あれは…?」
「燃えてるんだろうよな。街か森かはわかんないけど」
シアンは弦を外した弓と共に矢を片付けると脱ぎ捨てたシャツを拾い、汚れた足をシャツではたいてブーツに突っ込む。
「ちょっと汗流して来るからあとよろしく。戻ったら開けて」
手ぬぐいのような布とバケツを片手に、ひらひらと手を振って紐を越えたシアンを見送ったカティーナは再び西の空を見上げ、徐々に朱の色が闇にのまれて消えていく様を見つめていた。