名付け
「しーあーんー。かてにゃー。ちゃっと」
お二人の名前、と尋ねられた事はわかっているらしかったが、魔獣はそれには答えず、シャトのことらしい音も加えたあとでシャトに向かって何度も鳴いた。
「名前、つけてほしいみたいです。ずっと二人でいたらしいのですが、お互いの事を呼ぶのには困らなかったと」
「名前? 私等に?」
「はい」
「…。いやだぁ! 名前つけるなんてこわいこわいこわい…!!」
シアンはちょっと固まったあとでいやいやと胸の前で大きく両手を振り、後ずさるように身体を引いた。
そんなシアンに向かって小さい方の魔獣が強く羽ばたいて飛び上がり、まるで抗議でもするかのようにぎーぎーと鳴きながら胸の高さでくるくると飛び回りったかと思うとぶつかるように胸に飛び込もうとする。
「いやいやいやいやいや」
シアンはそれから逃げるように走りだし、小さい魔獣はそれを追いかけろでも言うように大きい魔獣の背に飛び乗った。
「気をつけてねー」
走り出した大きい方の魔獣はシャトの声に低く鳴き、街道沿いを駆けていくシアンをどすどすと重い音を立てながらもかなりのスピードで追い、シアンの斜め後ろに付くとその位置からつかず離れず走りつづける。
「本当にもう傷は平気なんですね」
「そうみたいですね」
「シャトー!! これ止まんないの!? ね”ぇ!!」
「オーリスさんの名前はシャトさんが?」
「そうです。ずいぶん昔の事ではっきり覚えてはいませんが、見た目でつけたのだと思います。白、本当にそのままで」
「ね”ぇってば! シャト!!」
「戻っておいでー」
街道から外れて円を描くようにこちらに向かって声を上げていたシアンは、シャトの声に自分を追い越した魔獣を見送ってスピードを落とし、『だぁー』と声を上げて息を吐いたかと思うとその場にどっと座り込んだ。
「しーあーんー」
「ぅわっ!」
その背後には小さい方の魔獣が大きな翼を地面にべたっとつけて座り込んでいて、大きな瞳でシアンを見上げてぎーと鳴く。
「なんで追いかけて来るんだよっ…!」
「じゃん。じーあ”ーん”ー」
「シャトに頼めって。カティーナも居るし!」
「じーあ”ーん”ー!!」
シアンは魔獣の頭をわしわしと撫で、座ったまま正面から大きな瞳を覗き込んだが、何を言うでもなくため息をつき、またわしわしと頭を撫でた。
「お疲れ様でした」
「無理強いはしませんから」
魔獣を抱えてオーリスの背に乗せたシャトはシアンに向かって手を差し出し、シアンはその手を取って立ち上がる。
額に汗をかいているシアンにオーリスが鼻を鳴らすと、何処からともなく乾いた風が吹き、シアンやシャト髪を揺らす。
その風に乗るように羽ばたいた魔獣は空高く舞い上がり、滑るように空を切るとしわがれた声で歌でも歌って居るかのように鳴き、広い地平の向こう側を見つめるように目を細める。
「元は違う声で鳴いてたのかな…」
「えぇ、たぶん、そうなんだと思います」
「聞いてみたかったな。鳥とも違う、あの子の歌」
「…イミハーテ」
「何?」
「イミハーテ。歌姫を指す言葉のはずです。いつか、自分の声を取り戻せるように…」
シャトが高くかかげた腕に向かうように迷いなく下りて来た魔獣は、直前で大きく羽ばたき、柔らかにその胸に飛び込む。
「イミハーテ…嫌?」
大きな瞳をぱちくりとさせた魔獣はシャトの服を掴むとよじ登り、嬉しそうにほおずりをする。
「気に入ったみたいだな。じゃあその子は決まり…君は?」
振り返ったシアンはカティーナと顔を付き合わせるようにしてじっと動かずに居る大きい方の魔獣に声をかけると隣にいたオーリスに寄りかかるように体重を預けた。