警鐘
話している間中、寝湯に座ったままだったシャールは俯せになるとふぅと息を吐き力を抜く。
そう熱い訳ではないが、湯に浸かりはじめてすぐに全身に散った桃色の傷痕が赤みを帯び、その白い肌との対比でより生々しく、より痛々しく映るが、闇に沈んだ林を背景に見るその姿はある種美しくもあった。
一足先に湯から上がったジェナは一糸まとわぬ姿のまま川で足を冷やし、気持ち良さそうに大きく伸びをする。
湯船の脇の岩に座り涼んでいるシアンはそんな二人とレノの姿から、話に聞いただけの狂鳥の姿を想像し、"知らないものに出会いたいなら"と言ったレイナンを思い出していた。
もう少しのんびりしていくとゆうシャールを残してシアンと並んで家へと向かうジェナは、湿気を含んだ翼を大きく広げ、はたはたと空気を掻き回すように動かしながら、シアンの顔を覗き込む。
「何?」
「…何か言いたいのかと思って?」
「言いたいってか、聞きたいってか…」
シアンが言葉を続けようとした時、地面が揺れ、"くぁーん"とお腹に響くような金属音が足元から響き渡り、ジェナはその瞬間に翼を閉じて走り出していた。
「あっ! おい!」
突然のことにまごついたシアンだったが、ジェナの後を追い林を抜ける。
村人達が慌ただしく動くのを横目にジェナ達の家に飛び込んだシアンは、細身の剣と華奢な鎖帷子を持ったアルナとぶつかり、そばの机に腰を打ち付けた。
「ごめんね!!」
アルナは一言だけ言って駆け出して行き、奥からは上着を着込み大きな杖を持ったジェナが現れる。
レノに見つめられたジェナは微笑み、シャトに向かって、
「シャトは父さんと居て」
と言うと走り出し、シアンの横を通り抜ける時に『折角来たのにごめんね』と言い残して広場へと向かっていく。
「シャト、さっきの音…何が起きたの?」
「何か大きなものが村に向かって来ています。気をつけて下さい」
「大きなものって…」
首を横に振るシャトの横を抜け庭に出たシアンは弓と矢を取り、広場に向かおうと足を踏み出したところで、空に光る大きな翼に気が付いた。
「シャール…?」
剣を下げたその身体に鈍い銀色の帷子を纏ったシャールは大きな翼ではばたき、結界があるはずの村の外へと向かって飛んでいく。
広場へと出たシアンは周囲の人々の手に握られた杖や剣に驚きながら、ジェナを探す。
周りの声を頼りに南へと向かうと川の向こう岸にジェナの姿を見つけた。
その辺りには篝火もなく、星明かりだけを頼りに岩を辿り、シアンはジェナのそばへと歩み寄る。
「大きなものが来るって…何か手伝える?」
ジェナは森の向こうから微かに見えるシャールの光から目を離すことなく、
「ありがとう、でも、へたに人がでるとあの子が自由に飛べないから」
と周囲に闇を纏った。
そしてそばにシアンが居ることは完全に意識の外になっているらしく、片手を前へと伸ばし、小さな声で何か言葉を紡ぎはじめる。
耳を済ませたシアンはそれが周囲の生き物の感覚を鈍らせ、眠りに誘おうとするジェナの魔術の始まりだとは気付かずに、その姿を見つめていた。