獣人の街 12
浜でヒニャ達と話した事、雄に絡まれ騒ぎを起こした事、ガーダが危ないところを助けてくれた事、シアンは話終わるとカップを置いて姿勢を正した。
「騒ぎたてないようにと思ったんだけど、余計に騒ぎ大きくして…反省してます。ごめん」
シャトに向かって深々と頭を下げたシアンに、ウラルは何でもない事のように笑い、砕けた調子で口を開く。
「災難だったね、とりあえず無事でよかった。そいつらシャトにも絡むんだよ、いつもオーリスに追っ払われてるけどさ。たぶんそれ見たんじゃない?」
ウラルが胸元に揺れる首飾りを指差すと、シャトは『あっ』と小さく声を上げた。
「ごめんなさい。そんなことになるとは思わなくて」
「いや、ヒニャさんとか、シャトの知り合いならって良くしてくれたよ。ほんとに」
シアンは首飾りを手に取り入りしばらく眺めていたが、そっと外してシャトに差し出す。
「これ、大事なものなんだろ? もしかしたらこれまで取られてたかもしれない」
「いえ、シアンさんが無事ならそれで」
と首飾りを受けとったシャトは、それをそのままリュックにしまい、その後で悲しそうな顔をした。
「さっきも、お二人に嫌な思いをさせてしまって…ごめんなさい」
「なんだよ、別にそんなこと思ってないし、勝手について来たみたいなもんなんだから気にしなくていいんだって。なぁ?」
シャトの隣にあぐらをかいたシアンは、両手を後ろについてカティーナを見上げる。
「はい」
そう言って頷いたカティーナもその並びに腰を下ろし、
「私は新しい事を知る機会を頂けたことに感謝しています」
と微笑んだ。
「にしても、何であんなに嫌がってるんだろうな。まぁ、私も狂った精霊には出来るなら近付きたくは無いけどさ…」
シアンは住んでいた海沿いの街の事を話し出す。
「魔力の嵐が起きたりするとその後でしばらく海が荒れるんだ。精霊が海の上で叫びながら猛り狂うっていうのか? そうなってるところを見たことがあるけど、あれ、怖いよ…。魔力が海の水と一緒に逆巻いて、近付くものは見境無く飲み込まれるの。…夜になると声が少しおさまってさ、星明かりなんか浴びてきらきらしてるんだ。その姿は踊ってるみたいに見えて、怖いんだけど、すごい綺麗なんだよな…」
その光景を思い起こしているのか、シアンは遠くを見るような目をしていた。
中庭からは子供達の楽しそうな声が響き、カップからはゆったりと湯気があがっている。
この部分だけを切り取れば、魔術師とのいさかいも、精霊の異変も無い穏やかな日常のひとこまと変わりはないが、その場にいる四人の表情は明るいものではなく、"憂い"のようなものが部屋を満たしていく。
「何も、出来ないのよね」
ウラルの呟きからは、ただ待つ事しか出来ない歯痒さが滲んでいた。
そんなウラルを見て、シアンは身体を起こし、
「ちょっと聞いていいか?」
とその目を見つめる。
ウラルはその視線に多少戸惑った様子を見せるが、頷き、シアンが何を聞く気なのかと身構えた。