ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ある魔術師の記憶 44

僕は目の前の出来事に置き去られるように、俯いたまましばらくじっとしていたレリオさんの視線が上がり、少女の背を見送っていた細工師と、お互い顔を見合わせる様にして意味ありげに、ため息混じりに微笑むのをただただ眺めていた。

少女が飛び出してからずいぶん遅れて立ち上がり、その流れで戸口の外を覗いた時には当然ながら少女の姿は見えず、振り返った僕は疲れたように背を丸めてカップに口をつけているレリオさんに向かって声をかけた。

「あの、僕…探してきます」

「…いいえ、大丈夫…です。そっと、しておいてあげて…落ち着けば、自分から戻ります…。…大丈夫、いつものことです。…ありがとう、ございます…」

優しい目元とその言葉に反発する理由はないはずだけれど、"本当にいいのだろうか"と僕はぎこちなく、ゆっくりと頷きを返し、戸口に手をかけるようにしてもう一度外を覗く。

座ったままの二人、少し間を置いて細工師が口を開いた。

「もうずいぶん経ったでしょう…。消息は何も…?」

「はい…。毎年…あの子の話で、名前の出た街に問い合わせはしています…。ですが、何も…」

「やはりあの時、あの子を除いて…皆さん亡くなられたとゆうことなのでしょうか…」

「…かも、しれません。…そうでなくとも…もう旅は、していない…の、だと…」

何の話だろう、と、思いながら椅子まで戻ると、いつの間にかこちらを見ていた細工師はその事に気がついたのか、こちらを示しながらレリオさんに向かって『話しても?』と尋ねた。

レリオさんは細工師の言葉に頷き、そして、こちらに顔を向けるとゆっくりと瞬きをするのにあわせてなぜか頭を下げる。

つられたように頭を下げた頭が上がるのを待って、細工師が口を開いた。

「何年か前、雨の季節にこの先で橋が流れたのは…?」

「知っています」

「年に一度、雨の季節を迎える前にこの辺りに回って来る隊商があるでしょう? 毎年多少の入れ代わりはあるようですが、橋が壊れる以前、あの隊商の中にもう一組、家族なのだろう一団が参加していたんです。彼女はその中の一人でした」

「隊商の中に家族、ですか?」

「えぇ、詳しいことは分かりませんが、何年も同じ隊商の中にいましたから、それが当たり前のように見えていました。元々は北の方の出らしいと聞きましたが、細工物…私達が作るようなものではなくて、もっと華やかな飾り物ですけれど…かなり手の込んだ品を売っていたので良く覚えています…」

そこで一度言葉を切った細工師だったけれど、何かを考えるかのように頭に手をやり、それから、さほど間を置くこともなく、再び話し出した。

「あの年は雨が早かったんです。あの隊商も川の様子を見て、いつもよりも早く河を渡ろうとしていました。あのご家族だけは何か用があったのか、隊とは一つ先の街で落ち合うことにしたのだ、と、数日この街に残っていました。その時に私も少し話をしたので余計覚えているのかもしれませんね…。そして数日して、ご家族が先へ向かった後で橋が流されたのです。街の方で気がついたのはまた数日あとの事ですから、私達にもその時のことは分かりません。ただ、あの子だけが、一人ボロボロの姿で、下流の方から歩いてきたそうです…」

細工師はそう言って戸口の外へと視線を投げた。