必要な距離
「は…?」
シアンはライマの言葉に遠慮のかけらもなく、訳が分からない、とゆう顔で聞き返した。
「私にパートナーはいまセん。獣遣いとシても特別珍しい事ではありまセん。見た目だけで獣遣いを区別できる人はいないでシょう? 私の様に隠さずにいる者以外は、ただ魔力の使えない人間と同ジでス。どこかに紛れていても目立ちまセんよ」
「獣遣いにとってパートナーを作るのって、力、じゃないか、えっと…生きる術? みたいなものでしょう? 何で使わないの?」
「他人の考え方に安易に踏み込むべきではないと思いまスよ…?」
ライマは微笑んでいるがその瞳には変わらず陰りが見え、優しい話し方でありながらその声にははっきりと拒絶の響きがあった。
「え、あ、ごめん」
「獣遣いは"ただの人"とは違いまス。こんなことは言いたくありまセんが、この先も彼女と一緒にいるのなら気をつけた方がいいでシょう。もちろん、彼女が何も気にシない人なら関係ありまセんけれどね」
静かにライマの話を聞いていたカティーナも、直接言葉を交わしたシアンもその言葉に対して何も言わず、ライマが『戻られたようでスね』と裏口へと向かうあとに付いて歩いていった。
シャトは空からではなく人通りの少ない道をオーリスと共に歩いてきたらしく、その後ろには幾人かの子供達が連なっている。
「皆サん、お戻りなサいな。この子とは一緒に遊べまセんよ」
ライマの姿を見た子供達は何も言わずに駆けだし、すぐにその場から離れていった。
「相変わらズでスね…。サぁ、どうゾ。裏口からなら、オーリスサんも入れるでシょう」
子供達を見送ったライマは少し寂しそうに眉を寄せたあとで笑顔を見せ、裏口を大きく開き、オーリスを含めた全員を中に招き入れる。
「嵐の様子は何か分かりまシたか?」
「嵐自体はすでに収まっているようですが、オーリスが言うにはまだ流れ込んだ魔力が馴染んでいないので近付けない場所があるということです。今回の嵐はかなり広範囲に及んだようで、だいたい…」
とシャトはテーブルの上の地図に指で円を描いた。
「この辺りに影響が…」
「私が聞いた話とも重なりまス。嵐に気付き一度中心に向かったとゆうことでスが、耐え切れズに身体を支えあって逃げ出シたと」
「その倒れていたってゆうのは獣人だと聞いたけど、何か外に出る方法を知っていた訳じゃなかったの? それに言葉が通じないって…」
「言葉が通ジないのは嵐の影響を受けたからでシょう。元々は南とこの辺りを隔てる山に住んでいたとゆう事でスから、本来なら通ジるはズでス。外に出るつもりだったことは話シてくれまシたが、ソれ以上のことはあまり…。ただ、シャトサん、まだお伝えシていまセんでシたが、サきほどのあれは運び込まれた中にいたお子サんが見セてくれたのでス。あれほど音まではっきりとシたものは珍シいでシょう? どう思いまスか?」
シャトはそこでシアンとカティーナの顔を見ると背負っていたリュックから紙とペンを取りだし、すらすらと絵を描いていく。
「お二人にお尋ねしたいのですが、このような姿の種族に心当たりはないでしょうか?」
シャトが差し出した紙には美しいとは言えない顔、筋肉とは違う外殻のような凹凸に覆われた身体、と、その身体の割に小さな翼がずれたようにはえた生き物が描きだされていた。